2011.01.13大久保清朗さん、高崎俊夫さんとシャブロル映画を語る

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・待望されていた翻訳書『不完全さの醍醐味――クロード・シャブロルとの対話』が間もなく弊社より刊行となる。この日、翻訳者の大久保清朗さんが再校ゲラを持参してくれた。翻訳者として大久保さんを推薦し、この本の仕掛け人でもある編集者の高崎俊夫さんも相前後して来社された。クロード・シャブロルと言っただけでお分かりの方は、相当な映画のファンであり、わけてもヌーヴェル・ヴァーグに詳しい方と想像がつく。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーと並ぶヌーヴェル・ヴァーグ「三羽烏」と謳われたのがシャブロルだからだ。

・先に、訳者の大久保清朗さんをご紹介しておこう。1978年の東京生まれ。映画研究者(特に成瀬巳喜男の研究家)、日本映像学会員。現在、学究の徒でもあり、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論博士課程に在学中という。蓮實重彦さん、山根貞男さんと共著で『成瀬巳喜男の世界へ リュミエール叢書36』(筑摩書房刊)、「クロード・シャブロル、あるいは逆説の日常――『ヴィオレット・ノジエール』をめぐって」(『映像表現の地平』、中央大学出版部刊)などの著書がある。

・大久保さんの映画への洗礼は小学6年生までさかのぼる。その頃、スピルバーグ監督を通じて黒澤明を知ったらしい。つまり初めて知った映画監督がスピルバーグであり、そのスピルバーグが心酔していた黒澤明監督を知ったというわけである。ちょうど、黒澤監督の『夢』が公開されていた頃だろうか。アメリカの映画監督を経由して世界の黒澤明を知った日本の小学生。若き秀才の幼き日、映画体験が織りなす事実だ。僕は面白い話だと思った。

・クロード・シャブロルは、ヌーヴェル・ヴァーグ三人衆の中で、最初に長編デビューを飾った監督である。僕にとっては、長編第2作『いとこ同志』(1959年)が強く印象に残る作品だ。田舎からパリに出て来た朴訥で真面目な青年(ジェラール・ブラン)と寄宿先のいとこで女好きの遊び人(ジャン=クロード・ブリアリ)との関係。二人は法学の勉強のために同居する。放埓ないとこのせいで、真面目な青年がどんどん影響されていく。正にヌーヴェル・ヴァーグを体現する青春ドラマである。この作品は第9回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、その偉才ぶりを印象づけた。

・そのクロード・シャブロルは昨年(2010年9月12日)、残念ながら亡くなった。1930年生まれだから、享年80。この原書は、ほぼ1年前に翻訳を開始したから、ご本人が生きていたとしたら邦訳を契機に来日も可能であったと思われる。残念である。このホームページの2010年9月の時点で高崎俊夫さんがいち早く「〈愛の欠如を描く詩人〉クロード・シャブロルを追悼する」を書いておられるが、その解説で、「1957年、エリック・ロメールとの共著『ヒッチコック』が出版した批評家時代のシャブロルが、理不尽にも犯罪に手を染めてしまう人間存在の深い闇を鋭くえぐる才能は、明らかにヒッチコックの最良の後継者と呼ぶにふさわしい」と指摘されている。

・クロード・シャブロルが作った『肉屋』(1970年)、『野獣死すべし』(1969年)の2本も素晴らしい映画で、こちらは大久保清朗さんから送っていただいたDVDで見た。『肉屋』の女性主人公はステファーヌ・オードランで、どうでもいいようだが彼女はジャン=ルイ・トランティニャンの元妻であったことを初めて知った。『野獣死すべし』の原作は英国のミステリー作家ニコラス・ブレイク(『野獣死すべし』永井淳訳、ハヤカワ文庫)で、僕はすでに読んでいた。ニコラス・ブレイクは有名な詩人セシル・デイ=ルイスのペンネーム。この作品は、息子を轢き逃げで失った父親が、復讐を心に誓い、探偵まがいの行動から真犯人を特定していく“復讐の挽歌”である。この二作とも、シャブロルが素晴らしい監督であったことを証明している。

・シャブロルが残した監督作品を見ると第一作の『美しきセルジュ』(1958年)を筆頭に、『いとこ同志』、『二重の鍵』、『気のいい女たち』、『パリところどころ』、『女鹿』、『野獣死すべし』、『肉屋』、『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』、『ヴィオレット・ノジエール』、『意地悪刑事』、『マスク』、『ふくろうの叫び』、『ボヴァリー夫人』、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』、『嘘の心』、『ココアをありがとう』、『悪の華』、『石の微笑』、『権力の陶酔』……等、名画・傑作が目白押しだが、昨年『不貞の女』(1969年)のDVDを見て、僕はスリラーの醍醐味を味わった。夫(ミシェル・ブーケ)と妻(ステファーヌ・オードラン)、浮気相手(モーリス・ロネ)を巡って、緊密で抑制されたシャブロル演出が堪能できる傑作だった。高崎さんが言うように、クロード・シャブロルは大いにヒッチコックの後継者の資格ありと納得したものである。

・大久保清朗さんの情報によると、クロード・シャブロルの静かなブームが始まっており、間もなく爆発しそうだという。シャブロル特集が、3月、アテネフランセ以下すでに数回組まれているのが予兆とのことだ。シャブロルの監督作品は短編を含めると57作品あるが、とにかく日本では上映作品が少ない(未公開作品が多い)。少年時代の思い出から遺作となった『刑事ベラミー』まで、犯罪映画に情熱を傾けた孤高の映画作家が、監督した長編50作品の舞台裏を語り尽くしている。

・シャブロルの全貌が、この翻訳書で初めて明らかになるわけだ。シャブロルを知るのに、今、日本にはこの本しかない。シャブロル絡みのイベントや映画祭が期待できると同時に本も売れると思っている。大久保さんの説によると、2011年はヌーヴェル・ヴァーグという枠を超えて「シャブロル元年」といった再評価が映画ファンの間にも高まるのが必至という。特にシャブロルが敬愛したジョルジュ・シムノンの2本の映画化(『帽子屋の幻影』と『ベティ』)は日本で早く公開されてほしいと言う。大久保さん、高崎さんと一献傾けながらお話ししていると、お二人の映画芸術論が耳に心地よい。映画の細部の描写などに会話が弾んで、しばし時の経つのを忘れていた。

 

映画ファン、とくにヌーヴェル・ヴァーグの大好きな人たちにとって、大久保さん、高崎さんの薀蓄ある話は堪えられない!