やばいです。
いや、なにがやばいって、一昨日富士五湖を走ってから
それほど時間も経っていないのに、なんだかあの時間が愛おしく
なっていくばかり。
祭りの後の気分に近い、日常の中にありながら、
ふとあの非日常の時間を思い出して、心が持っていかれる感じ…。
あれほど辛くて泣きそうで、不安で心細くて、
完走できそうもないとわかったときは悔しくて悲しくて、
とぼとぼ本栖湖を歩いていると、なんだか吹っ切れてきて。
うーん、ウルトラマラソンは規模の小さな「冒険」なのでしょう。
決して日常では味わえない、特別な時間、ひたすら自分と向き合う。
あれほど肉体の痛みを長時間感じることはそうそうないし、
一つの目的(ゴール)に向かって淡々と作業をすることもない。
スタート前。まだ早朝というより真夜中の4時!
そこに、富士五湖の大自然と、路上での応援、
ボランティアの方々の励ましの声。
これは確かにクセになる、クセになるけど…などと考えながら、
94キロ付近の赤池大橋を上り切った青木が原樹海辺りで、
白いバンが2台道路に横づけ。
見ると、ランナーが数人乗っている。
運転席から出てきた人が「終了でーす!」と声をかけてきました。
私の付近には二人ランナーがいて、一緒に回収されました。
98キロ関門(制限時間12時間25分)を目指し、ひたすら
上りを歩き、さあここから下り、走れるだろうか…
と考えていた時でした。
訊くと、強制終了のようなので、従いました。
内心、歩くだけで太ももが痛くてどうしようもなかったので、
残り4キロを自分の足で進まなくていいのは、
悔しいけれど安堵も。
車は近くの大きなエイドについて、そこでバスに乗り換えます。
乗っているのはみんな回収されたランナーたち。
やや重苦しさと、疲労感と、いろんなものが交じり合った微妙な
雰囲気の車内。
バスの中から撮った富士山。もっと絶景ポイントをたくさん走ったのですが、
撮影する余力がなくて…
バスがスタート&ゴール地点の北麓公園に近づくと、
ゴールを目指すランナーたちの姿が目に入ります。
まだ制限時間まで余裕があるので、この人たちは完走できるな、
と思うと羨ましく、同時にまぶしい尊敬の念も湧いて
複雑な心境になりました。
苦しいけれども、ゴールが近い!
残り6キロくらいの地点。
一昨年、昨年の記憶が鮮明に蘇りました。
残念な結果に終わりましたが、後悔はあまりありません。
これが実力ですし、それ以上でも以下でもない。
少なくとも、未知の距離にチャレンジしたわけだし、
最後まで自分からは止めなかったのもちっぽけなプライド。
いや、でも悔しいかも(笑)。
今回も昨年に続いて移動、宿などTさんのグループのお世話に
なりました。「挫けない力チーム」からも7名くらいが出場!
皆さん、去年へのリベンジだったり、距離を上げての挑戦だったり。
前日に会場近くの宿に行って、酒と食事で楽しい時間。
初挑戦の100キロの時はなんだか悲壮な感じでしたが、
昨年同様、和気藹々とした雰囲気で、
缶ビールも四本くらいあけていい気分。
みんな明るくて屈託のない方ばかり。
ランニング談義で盛り上がり、明日、過酷なマラソンに
チャレンジするという緊張感はあまりありません。
夜は22時くらいに床につきましたが、イマイチ寝たのかどうか
よくわからないまま起床時間の3時に。
まあ、体の重さを感じないし、上等です。
そして嬉しかったのが、外気が去年、一昨年のように
凍りつくような寒さではないこと。
着替えを済ませ、朝ごはんをつめ込んで会場を目指すと、
見上げた先には無数の星空!!
キレイさにも感激しましたが、天気がよいのも嬉しい。
そして118キロは4時スタート。
100キロは4時半から5時までウェーブスタートのようでした。
それだけ参加人数も増えてきたのでしょう。
今年は25周年記念大会。
ゲストは、このコースと縁の深い間寛平さん。
ちゃっかり握手してもらいました!
「あーめまー!」
真っ暗な、朝というより深夜…
118キロエントリーの1500人くらいが一斉にスタート。
毎年思うけれども、ここから夕方までの長旅が始まるわけです。
そして逃げ出したくなるような苦しみも確実に待っている。
それでも、スタートすれば前に出るしかない。一歩でも二歩でも。
電燈もないコース、真っ暗な中、参加者の方の懐中電灯を頼りに
まずは下り。ずっと下りが続くので楽なスタートです。
ちょっとだけ上ってまた下り。
そして富士山をバックに走り、山中湖へ。2年ぶりのコース!
スタートからラン友でつい先日203キロを走りきったOさんの
先導を受け、ペースを作っていただきました。
今回の富士五湖の大きなハードルは二つ。
関門の厳しさ、そしてコース変更によるアップダウンの過酷さ。
結果的に、この二つの要素にやられてしまった…。
前半貯金を作る感じで、やや私にしては早めのペースで山中湖を
走りました。朝日が出てとてもキレイ。ラン友の女性二人とも会って、
しばらくは4名で走りました。
ただ、この頃からちょっと苦しくなっていたのも事実。
そして途中で別れたり会ったりしながらスタート地点へ戻る。
この上り坂がもう辛い辛い。でも、意地で走ったのですが、
これは無謀でした。脚を完全に使い過ぎてしまった。
さらに、関門を突破して下りに向かいますが、この下りも
かなりえげつない下り。
太ももがおかしな動きをします。
そこからはさらに下り基調で、河口湖の橋を渡っていきます。
一昨年の初チャレンジで、50キロを走って爽快感を覚え、
完走を確信した地点…なのに今年はもう走るのをやめたいくらい
脚が辛くなっていました。
とにかく走るのをやめず、小学校の大きなエイドまで
リズムのいいランナーの後ろについて走り切りました!
天気もよく、やや暑すぎるのが気になっていました。
ウェアを脱ぎ、このエイドでやや長めに休みます。
といっても靴ひもを調整したり、補給をしたり。
屈伸すると太ももが引きつっています。
そしてすぐにある長い急坂。
一昨年、昨年と歩かずに上った坂でしたが今年は状態を考え
歩いて上りました。
この時点でテンションはかなり下がってしまった。
河口湖から西湖へ。桜も満開でキレイだったのですが、
眺める余裕も、写真を撮る余裕もありません。
ただただ、「俺は機械だ、走るマシーンだ」と自分に
言い聞かせて前に進むのみ。
ここからは上りは歩くことにして疲れた脚の回復を待つことに。
気になっているのは、75キロの関門でした。
制限時間が9時間半!なんと、去年出場した72キロのフィニッシュ
タイム、9時間45分よりも早い!!!
だからこそ、前半飛ばし気味だったわけですが。
十分とは言えないものの、まだまだ貯金はありました。
下りでスピードを稼ぎ、上りは割り切って歩く作戦。
それにしても、この75キロの関門を突破しないと、
折角118キロだけが走る富士五胡の五湖目、
本栖湖を走ることができません!
この頃、正直、完走は難しいなと薄々気づいていました。
そこを突破しても、次の関門まで23キロ、
ギリギリまで休んで出て、23キロを約3時間。
もちろん、通常なら23キロを3時間なんて楽に走れます。
その気になれば2時間くらいで走れます。
けれども、もう脚に元気が残っていない…。
奇跡的な復活があれば別。そこに一縷の望みを託して…。
本栖湖のエイドに着いたのは確か9時間10分くらい。
ペースだけ見るといいのですが、脚はもう使い物にならない
ような状況でした。
やや長めに靴下を変えたり、顔を洗ったりリフレッシュを
図りました。
そして初の本栖湖へ。
いきなりダラダラ続く上り基調の直線。歩きました…。
いや、ここからは上りはすべて歩き、ちょっとでも下っている
ところを走ることに。
いつしか、フラットな部分も歩くのがしんどくて気づけば
歩くことを選択している自分。
歩きメインだったので本栖湖は結構写真撮りました
118キロのランナーしかいないので、急に人が少なくなり
寂しくなります。
でも、自然はキレイで天気もよく、適度に曇って暑過ぎず、
本当によいコンディション。
だけども、私の脚は一歩ごとに悲鳴を上げている状況。
何とも言えない時間が過ぎていきます。
河口湖の桜はすごくキレイでした。本栖湖の桜も少し散っていたけれど癒してくれました
脚を壊したのか、片足を引きずりながらも走ろうとするランナー
がいました。すごいな、自分には真似できないなと心から尊敬。
みんなこの時間にここにいるランナーはおそらく98キロで回収
される人たち。私を含めて。それでも、走れるところは走り、
歩くところは歩き。
抜く時に挨拶したりされたり…。
しかし、本栖湖一周がとてつもなく長い距離に感じました。
走ると1時間ちょっとのはずが、1時間45分もかかってしまった。
ようやく一周してエイドに戻りましたが、
私のすぐ前を歩いていた女性が「ここでリタイヤできますか?」
とスタッフに声をかけていて、思わず私も便乗しそうになりました。
まだ98キロまで10キロほどあります。
歩くと2時間かかるわけです。歩いていても太ももに別の生き物が
いるのかというくらい、変な筋肉痛がきています。
ちょっと悩んだけれども、自分からやめたくないな、とちっぽけな
プライドが叫んだのでした。
で、冒頭に戻る…。
回収前の赤池大橋をひとりで上っていると、UFOみたいな雲が
思い返せば夜明け前からずっと走り、歩いてきた。
なんとも不思議な体験です。
途中、みんなのことが気になったり、応援してくれる沿道の人の
励ましが嬉しく元気をもらったり。
でも、キツくなってくると応援にまったく応えられなくなったり。
いろんなことがあり、いろんな感情が交錯した
長い長い一日が終わりました。
清々しさ、寂しさ、悔しさ、いろんな感情の入れ混じった気分でした。
さて、これでもうウルトラは卒業します!
…と、言いたいところですが…。
FBでは、今回残念な結果に終わった人たちがすぐに
来年のリベンジを宣言し始めています。
私はまだ正直悩んでいますが、なんだかね…。
ともかく、完走はできなかったけれど、マラソン自体に感謝したいし、
周囲にも、自分の体にも感謝の気持ちが一杯の編集Fでした!