2016.03.29堤江実さん、堤大介さん
堤大介さんの「トンコハウス展」会場入り口にて
キャラクターデザインや背景などメイキングが展示されている
弊社応接室にて(右より堤江実さん、堤未果さん、杉田明維子さん)
・堤江実(つつみ・えみ)さんとは長いお付き合いになる。何回かこのコラムにもご登場頂いた。江実さんは、東京都のご出身。立教大学文学部英米文学科を卒業され、文化放送のアナウンサーとなった。その後、グリーティングカード、ラッピングペーパーの会社(株)カミカを創業して経営者となり、現在は詩人、翻訳家、エッセイスト、絵本作家など多彩な顔をもつ。
ここで、ちょっと旧聞になるが、報道写真家の笹本恒子さん(当時82歳、現在102歳)の写真集『きらめいて生きる 明治の女性たち』が1996年5月、弊社から刊行された。そして、この本を取り上げた写真展が催された。紫式部から続いてきた煌めく女性の歴史を俯瞰する「千年のバトンタッチ」と題する写真展を開催したが、資生堂の福原義春社長(現・名誉会長)がいたく気に入って、資生堂別館を展示に使用するように取り計らってくれた。その準備に奔走されたのが堤江実さんである。福原さんはこのイベントを仕切れる女性として江実さんに白羽の矢を立てて、江実さんは、その起用に見事に応えてみせた。こうして「千年のバトンタッチ」は、福原義春さん、堤江実さん、笹本恒子さんのトライアングルで、写真展は成功裏に幕を閉じたのだ。この間、僕は堤江実さんとは名刺を遣り取りしたが、後年、さまざまな企画でお世話になろうとは、その時、思ってもいなかった。
堤江実さんは、近年の意欲的な取り組みとして、ミュージシャンと競演する自作の詩の朗読コンサート、詩の朗読のワークショップ、日本語についての講演など意欲的にこなされている。また、豪華客船「飛鳥II」での世界一周クルーズで、詩の朗読教室講師を務めている。2011年には、詩と絵本の活動実績に対して、「東久邇宮文化褒賞」を受賞した。女性の歳について語るのは失礼だとは思うが、僕とはほぼ同年代の方なので、特に親近感が強いのかもしれない。
・だが、堤江実さんの縁はますます深まってきた。清流出版から、書下ろしエッセイ『ことば美人になりたいあなたへ』、ニューヨーク在住のサナエ・カワグチさん著を翻訳した『タイム・オブ・イノセンス――ある日系二世少女の物語』を刊行させて頂いた。絵本は弊社から都合4冊出されており、『うまれるってうれしいな』(絵・杉田明維子)、『水のミーシャ』(絵・出射茂 解説・功刀正行)、『風のリーラ』(絵・出射茂 解説・功刀正行)、『森のフォーレ』(絵・出射茂 解説・功刀正行)等の原作者である。また、お嬢さんの堤(現・川田)未果さんも新進気鋭のジャーナリストとして注目されている。岩波書店から新書版『ルポ貧困大陸アメリカ』、『ルポ貧困大陸アメリカII』、『(株)貧困大陸アメリカ』のシリーズなどベストセラーを連発した。弊社からも、『人は何故、過ちを繰り返すのか?』(鈴鹿短期大学名誉学長・佐治晴夫さんとの対談本、2012年)を刊行させて頂いた。親子ともども、お世話になっているわけだ。
・さて今回は、江実さんのご子息である堤大介(通称:ダイス)さんについて触れてみたい。僕はこの有為の青年には、前々から注目していた。というのも、彼は『スケッチトラベル』という企画をフランス人のジェラルド・ゲルレというイラストレーター兼デザイナーと組んで成功させたからだ。このことについては、後ほど詳しく触れたいと思う。大介さんと江実さんは、『あ、きこえたよ』(PHP研究所)という絵本を出版している。目に見えない生命の息づかいに思いをはせる優しい江実さんの詩と、大介さんの素敵な絵がコラボした魅力的な絵本だ。
堤大介さんの経歴を簡単に紹介しておこう。1974年に東京に生まれ、1993年、和光高校卒業後の18歳でニューヨークへ渡った。油絵を「スクール・オブ・ビジュアル・アーツ」に学んでいる。1998年の卒業後、ルーカス・フィルム傘下のルーカス・ラーニングで、スタッフ・イラストレーターとして働き始める。2000年には、ブルースカイ・スタジオに、視覚効果/色指定担当のアーティストとして採用され、『ロボッツ』『アイスエイジ』 そして『ホートン/ふしぎな世界のダレダーレ』の制作に関わりアニメーションの世界に進出する。 2010年まで同社で働いた後、ピクサー・アニメーション・スタジオに招聘されて入社。アカデミー賞を受賞したアニメーション作品『トイストーリー3』 のアートディレクターとして活躍された。
『スケッチトラベル (SKETCHTRAVEL) 』の表紙
・大介さんは、社会奉仕活動にも熱心に取り組んでおり、2008年には非営利団体である「トトロのふるさと基金」を支援する資金集めの展示会やオークションを行なう「トトロ・フォレスト・プロジェクト」を立ち上げた。また、2006年から、前述したようにフランス人のイラストレーター兼デザイナー、ジェラルド・ゲルレとともに、『スケッチトラベル (SKETCHTRAVEL) 』プロジェクトを立案実行した。このスケッチトラベルとは、ユニークな国際的チャリティアート・プロジェクト。企画趣旨は、「60人の様々な国のアーティストたちの間でスケッチブックを回し、他所にどこにもないユニークな本を作る」ことを目的としたもの。4年半をかけて12か国を回ったスケッチブックは、ビル・プリンプトン、ジェームス・ジーン、レベッカ・ダートルメール、グレン・キーンといった世界的に著名なイラストレーター、アニメーターが参加、日本からもあの宮崎駿監督や松本大洋らが参加している。とりわけ特筆ものは、『クラック!』『木を植えた男』で2度のアカデミー賞短編アニメ賞に輝いたカナダ在住のアニメーション作家、フレデリック・バックが参加したことだ。宮崎駿や高畑勲などからも尊敬を集める、アニメーション界の「神様」のような人物である。
最終的に世界で唯一無二のこの作品集は、ベルギーでオークションにかけられ、その結果、参加アーティストのサインの入ったスケッチトラベルの書籍など他の出品物も含め、合計で「7万6,000ユーロ」という金額で落札された。これは日本円にして800万円を超える高額の落札価格であった。
その収益金は開発途上国への教育支援に取り組んでいるNGOグループ 「Room To Read」に寄付された。Room To Readは発展途上国における 子供の識字と性差なき教育に焦点を当てた非営利団体。東南アジア中心に図書館を建てたり、絵本の出版などでローカル言語の発展を奨励し、ローカル文化関連の児童書、及びその他の方法で識字能力育成の為、地域社会や政府と協力している。大介さんにとって、仕事を続けながらのボランティア活動であり、営利目的ではない有意義なプロジェクトだった。彼の凄いところは、お金にならないことにも全力投球するところ。それが仕事にもプラスになると認識していることだ。
宮崎駿監督が『スケッチトラベル』に描いた画
『スケッチトラベル』の受け渡しをする大介さんと宮崎駿監督
・大介さんはアメリカを拠点にして活躍中だが、現在、東京にいる。実は銀座のクリエイションギャラリーG8で「トンコハウス展」と題した展覧会が、3月25日から約1ヶ月間にわたって開催されている。トンコハウスとは、堤大介とロバート・コンドウが設立したアニメーション・スタジオの名前で、本展は初の展覧会となる。展覧会は「『ダム・キーパー』の旅」がテーマ。『ダム・キーパー』は、大介さんとロバート・コンドウが監督を務めた短編アニメーションだ。ベルリン国際映画祭などで上映され、世界各地の映画祭で20以上の賞を受賞している。2月にはNHKでも放送され、大きな話題を集めた。
そして2015 年度の米国アカデミー賞短編アニメーション部門に『ダム・キーパーの旅』がノミネートされたのだ。大資本のディズニー映画などに伍して、インディー系の、それも大介さん初監督作品がノミネート。これを快挙と言わずなんと呼ぼう。惜しくもオスカーの獲得はならなかったが、この映画が日本語版のブルーレイ、DVDで発売されるのを期して今回の展覧会は開催されたのだ。『ダム・キーパー』のキャラクターデザインや背景、ストーリー設定など貴重なアートワークが展示されている。是非、お時間を繰り合わせて、皆さんに見て頂きたい展覧会である。
バックさんと『スケッチトラベル』の受け渡しする堤大介さん
・大介さんは、7年間勤めたピクサー・アニメーション・スタジオを退社、ピクサーで働いていた信頼する同僚ロバート・コンドウさんと二人で独立した。ピクサーで、しかもアートディレクターという大役を任され、自らドリームジョブと評した会社をアッサリ辞めるとは……。その居心地のよい環境から抜け、ゼロから何かをもがき、苦しみながら、作っていきたいと思い独立の道を選んだという。未来が見えない中での新たなスタート。その苦しみなくして自分達の次なる成長はないという。仮に思ったとしても、実行に移すには相当な勇気がいる。数年後にまた、スタジオの環境に戻る事があるにしても、今この経験をしておかなければ、自分の成長は止まってしまうという。素晴らしい若者ではないか。今後は映画を初めとするコンテンツを作っていくにあたり、日本人である特性を活かせるよう、日本人とも積極的にコラボしていきたいと語っている。
大介さんは『スケッチトラベル (SKETCHTRAVEL) 』プロジェクトで会ったフレデリック・バックさんから一枚の絵を託された。「この絵は、君に持っていてほしい」と言って手渡されたものである。アカデミー賞短編アニメ受賞作『木を植えた男』の原画であった。その絵は、森の中で年老いた木を植えた男を、主人公の若者が追いかけていくシーンだった。象徴的である。片目を失いながら86歳のバックさんは、自然環境や動物愛護を一貫して訴えてきた。その熱い思いを大介さんのような有為な若者に託したかったのではないか。未来を切り開くのは、いつも大きな夢を抱く若者たちである。大介さんはその一人としてバトンを手渡されたのだと思う。
僕もバックさんに共感を覚える。世界を俯瞰する目をもち、平和な理想社会を夢見る心をもった若者。そんな大介さんのような若者の開拓者魂に将来を大いに期待するものである。