2016.09.23熊井明子さん、桐原春子さん姉妹
英国旅行にて熊井明子さん(左)と桐原春子さん (写真提供:桐原春子)
・熊井明子さん、桐原春子さん姉妹には、大変お世話になった。弊社から単行本も二冊ずつ出させていただいた。また、現在、熊井明子さんには、月刊『清流』に「五感で楽しむポプリテラピー」という連載をお願いしている。毎月、季節感を感じさせるハーブ、果物、草花、精油などを使った簡単に家庭でも出来るポプリを提案していただいており、読者からも好評だと聞いている。熊井さんと桐原さんは信州松本市のご出身だが、実は愚妻も松本市の出身であるし、僕が子供のころ疎開した先も信州の塩尻(上田市)という所だったこともあり、特別信州には思い入れ深いものがある。
信州にはいい美術館がたくさんあり、美術館巡りも随分してきた。安曇野には草柳大蔵氏が絶賛していた碌山美術館やいわさきちひろの絵本原画を展示した安曇野ちひろ美術館など。諏訪市には北沢美術館、原田泰治美術館などがある。余談だが、原田泰治美術館で僕が「ふるさと風景」の絵を見て回っていたところ、「失礼ですが、原田泰治さんでいらっしゃいますか?」と声を掛けられたことがある。風貌が似ているとも思えないが、小児麻痺で両足が不自由な原田さんは車椅子生活、僕も車椅子で見て回っていたので、間違われたのであろう。長野市にも信濃美術館東山魁夷館、池田満寿夫美術館などが思い浮かぶ。小布施には日本中の桜の古木を描いた中島千波の「おぶせミュージアム・中島千波館」があり、上田市にはこの欄でも度々取り上げさせていただいた戦没画学生の展示館「無言館」がある。館長の窪島誠一郎さんについては、過去の当ブログを参照していただければと思う。
僕の大好きな音楽でも松本は思い出深い。「セイジオザワ松本フェスティバル」は1992年、指揮者の小澤征爾が創立したもので、毎夏、松本市で行われている音楽祭である。サイトウ・キネン・オーケストラを指揮した小澤征爾の演奏会のチケットが思いがけず手に入り、勇躍、駆け付けて至福の夕べを過ごしたこともある。信州は盆地で標高が元々高い。真夏でも湿度が低いので過ごしやすい。年を取るにしたがって、暑さが身に応えるようになった僕には信州の涼しさはとても魅力的だ。温泉も僕は障害者になってからは、なかなか思い通りには行けなくなってしまったが、扉温泉のように、知る人ぞ知る隠れたいい温泉があったりする。
・さて、安曇野市豊科町は、熊井明子さんの夫君・故熊井啓監督の生誕の地である。実は豊科町には熊井啓記念館があり、僕も訪れたことがある。これまで熊井啓さんが監督・助監督をした作品の資料がすべて収められている。「帝銀事件・死刑囚」でデビューした熊井監督は、骨太な社会派監督として活躍した。「海と毒薬」でベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)、松本サリン事件を題材にした「日本の黒い夏?冤罪」でベルリン国際映画祭特別功労賞など受賞多数、紫綬褒章も受けている。主な監督作品に「黒部の太陽」「忍ぶ川」「地の群れ」「お吟さま」「サンダカン八番娼館・望郷」「天平の甍」「千利休 本覺坊遺文」「深い河」などがある。
特に僕の印象に残っているのは、あの「黒部の太陽」であった。石原裕次郎は、52年の生涯で100本近い映画に出演したが、最も印象深い作品にやはり「黒部の太陽」を挙げている。「五社協定」のぶ厚い壁に阻まれて苦戦を強いられ、それを乗り越えて完成させることができたという経緯に加え、破砕シーンのロケ現場で右手親指骨折、全身打撲の大けがを負ったからである。そんな「黒部の太陽」の脚本が展示されていた。各所に書き込みがなされており、制作過程での懊悩も窺える。
その他、ポスター類、絵コンテ、撮影現場写真など、貴重な資料が所狭しと並んでいた。また、熊井啓、明子夫妻の著になる本もすべて納められ陳列されている。もちろん、弊社の本も収められていた。実は前にも本欄で触れたことがあるが、熊井啓監督が写真撮影をし、明子さんが解説文を書いた『シェイクスピアの故郷 ハーブに彩られた町の文学紀行』という本を弊社から出させていただいた。熊井夫妻唯一の共著書である。編集作業を急ぎ、熊井監督の一周忌に間に合わせて刊行させていただいた。明子さんに大変喜んでいただけたのは記憶に新しい。
熊井啓監督と明子さんの共著
・お二人の本の編集担当者として長くお付き合いをしてきた臼井雅観君は同じ信州人であり、熊井さん、桐原さん姉妹については僕よりも詳しい。臼井君によれば、お二人は毎年のイギリス旅行を定例化しているとか。二人旅のきっかけとなったのは、1988年の7月から8月にかけての英国への取材撮影旅行だったという。姉妹の共著『ハーブ&ポプリ英国風の楽しみ方』(主婦の友社)の刊行の最終詰めに当たり、裏付け取材と写真撮影のための18日間にわたる旅であった。熊井明子さんの生涯かけての研究テーマがシェイクスピアであり、『今に生きるシェイクスピア』(千早書房)、『シェイクスピアのハーブ』(誠文堂新光社)などの著書もあるし、1999年には『シェイクスピアの香り』(東京書籍)等の著作活動により第7回山本安英賞を受賞している。受賞理由は、「シェイクスピアの魅力を新たな角度から探求した業績を評価して」となっており、その果たしてきた功績はとても大きい。
一方、実践派のハーブ研究家として多くの本を出し、朝日カルチャーセンター、読売文化センター、玉川高島屋コミュニティークラブたまがわのハーブ教室ほか各カルチャーセンターで、家庭でのハーブの楽しみ方などを提案するなど講師を長らく努めてきている桐原春子さん。何年にもわたって読売新聞に月1回のペースで長らく世界の庭園をルポしてきた(現在、連載は終了した)が、イギリスの庭園はその中でも白眉ともいうべき存在であった。
ヒドコートやシシングハーストなどの有名どころから個人庭まで、英国の庭が34箇所も紹介され、それぞれの解説も簡潔でわかりやすいと評判をとった『とっておきの英国庭園』(千早書房)や読売新聞の連載から精選した庭園を紹介した弊社刊の『桐原春子の花紀行 世界の庭園めぐり』など、英国の庭園関連本を多数刊行しておられる。
必然的にお二方ともに単独での英国旅行も多くしてきており、イギリスへの並々ならぬ関心の高さがうかがえる。だからお二方ともに、イギリスは何度行っても興味が尽きない国となるらしい。
弊社刊行、桐原春子さんの著書
面白いのは、それぞれ旅ごとにテーマ色を決めているというのだ。テーマ色に合わせて着るものやスカーフ、靴、小物などまで色を揃えるのだ。ちなみにこのテーマを決めて初めてイギリス旅行をしたのは2012年という。ちなみに2012年のテーマ色は緑色だった。2013年はオレンジ色、2014年は青色、2015年はピンク色、そして今年もイギリス旅行に行ってきたのだが、テーマ色は紫色であったという。桐原さんはブログで日々の活動や旅行の詳細を発信しており、この旅行の様子も実に分かりやすく解説されている。桐原さんのブログは写真も多数アップされており、好評とのことで、今年8月13日のブログには、90万アクセスが達成されたことへの感謝の言葉が載っていた。90万アクセスとは僕も驚いた。凄い数の人々が桐原さんのブログに関心を持っているということ、その影響力はかなりなものだ。
・今年のイギリス旅行は7月20日から27日まで、8日間だったそうだ。行先は昨年と同様、ワイト島と西南端のコーンウォールの旅。ワイト島では、上陸してすぐにオズボーンハウスを訪ねている。オズボーンハウスはヴィクトリア女王が生涯愛し続けた離宮で海を臨む場所にある。そのすべての設計を最愛の夫アルバート公が手がけたという見事な庭園つきの離宮である。ヴィクトリア女王の治世にあった1837年から1901年は英国の黄金期、爛熟期であった。そんな栄華を偲ぶ旅になったという。また、ワイト島はジョン・キーツやアルフレッド・テニソンゆかりの島でも知られる。キーツが2回も訪ねて詩作したという滝や、キーツの泊まっていたホテルを実際に眺めたりと、詩人ゆかりの場所を楽しみながら辿る思い出深い旅となったようだ。
ワイト島の白い崖を背に紫色基調の服で (写真提供:桐原春子)
今年のテーマカラー、紫色が映える (写真提供:桐原春子)
・お二人は大の猫好きでも知られる。熊井さんの愛猫は長毛系の「ニャン」。年は8歳になる。ニャンは毎朝、足の裏の長い毛を、まぶたや頬にそっと当てて熊井さんを起こしてくれるそうだ。こんな起こし方をする猫は初めてだという。熊井監督のご存命中飼っていたマロンは、目覚まし時計の音をまねて、「ニャニャニャニャ……」と耳元で鳴いたらしい。マロンから十数年ぶりに飼ったニャンは、忘れていた“猫による幸せな朝の目覚め”をもたらした、と感謝しているとか。一方、桐原さんの猫はやはり長毛系シルバーチンチラの「モヤ」。御年17歳という長寿猫。桐原さんのブログにもたびたび登場している。今年の夏は特に暑かったので、ペットサロンで夏バージョンカット、つまり頭を残して丸刈りにしてもらった。だから見るからに涼しそうである。
猫好きが旅をすると、行く先々で猫に出会うから不思議。まあ、岩合光昭氏の世界猫歩きを見ていても、猫がいそうな場所が分かるということもあるのだろう。行きつけのホテルの猫、路地裏の猫、いろんな場所で猫に会ってしまう。猫は本能的に猫好きな人が分かる。そんな旅先で出会った猫たちがが桐原さんの日々のブログでも紹介されている。
英国旅行先で猫と戯れる (写真提供:桐原春子)
・熊井さんと桐原さんは、好対照のお二人である。少女時代から文学少女だった熊井さん。少女時代から活発に飛び回るアウトドア派だった桐原さん。とてもよいコンビだとお見受けする。「香りのある楽しい暮らし」と題しての姉妹セミナーや姉妹講演会をされたり、『味覚春秋』という雑誌では、林望さんと姉妹での鼎談を行ったりと、なかなか仲のいいお二人である。現在、熊井さんは、猫に関するエッセイをまとめているとか。いずれ単行本化したいと考えておられるようだ。桐原さんも、読売新聞に連載してきた世界の庭園巡りを形にしたいと思っておられる。ともあれ、姉妹でご活躍なのは、傍から見ている僕も嬉しい。また、雑誌や単行本でコラボする機会ができればと思っている。