◀第22回・最終回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑰──現代社会の中で「旅人」として生きる暮らし方〈後編〉

第21回に続いて職業「旅人」を実現させる方策を考えていきたいと思います。

 

その2 国内ワーキングホリデー

1年365日ずーっと旅に生きるのはコスト的にも体力的にも難しいかもしれません。ですが、年間何ヶ月かは旅先で働く、ならどうでしょうか。

つまり、ワーキングホリデーのように旅先で就労して稼ぐ方法です。自身の仕事をリモートワークするワーケーションと違い、パートなりアルバイトなりの短期雇用で仕事をすることになります。

こうした働き方のもっとも代表的な例はリゾートバイトです。リゾート地はオフシーズンとオンシーズンでは必要となる労働力に雲泥の差があり、非正規労働者に頼らないと効率的な運営ができません。ですので、定期的に一定量の短期雇用が発生します。これをうまく利用すれば、一年のうち好きな期間だけ「自分が住みたい場所」に住めることでしょう。

寒さ暑さを避けたいなら冬場は暖かい南方地域、夏場は涼しい山岳地や海辺のリゾート地、非日常の雰囲気を味わいたいなら景勝地や別荘地、温泉マニアなら温泉地などなど選択肢は豊富です。

たとえば、こんなプランはどうでしょう。

年末年始は温泉地、2月から3月頃までは北海道のインバウンド向けリゾート地、ゴールデンウィーク頃は山岳地帯の宿、夏場は今や本州より涼しい沖縄でアルバイトをする。その合間の期間は自宅で普通に過ごします。

接客が苦手なら、農業や漁業系のアルバイトをする、という手もあります。第一次産業のアルバイトはどうしてもハードな肉体労働が中心になるので、体力がないと厳しいのは否めません。しかし、一度働いて気に入ってもらえると次も声をかけてもらいやすいという利点があります。また、とれたての収穫物をいただける(かもしれない)のもこうしたバイトの特典といえるでしょう。

リゾートバイトにせよ、第一次産業の臨時雇いにせよ、今は若い働き手の減少によって常に人手不足の状態です。ゆえに、以前なら相手にもされなかった50代60代も働き手として歓迎されるようになりました。少子化が高齢者の就業にはプラスに働くというなんとも皮肉な状況ですが、甘受できることは甘受すればよいと開き直るしかありませんね。

 

仕事を見つけるには

これらの仕事を見つけるには、やはりインターネットの利用が一番手っ取り早いようです。

近頃は求人サイトも細分化し、希望する仕事を見つけやすくなっています。

「リゾートバイト 求人」や「農業 求人」をキーワードに検索すると、その分野に特化した求人サイトが複数出てくるので、希望にあわせて検索すればよいでしょう。

単なるアルバイト以上に稼ぎたい場合は、派遣会社に登録し、短期のリゾートバイトを紹介してもらうのが一番です。希望をしっかり伝えれば自分で探さずとも案件を紹介してもらえますし、アルバイトより時給などが少しよくなるケースも多いようです。ただし、即戦力を期待されているので、それなりにきつい仕事も発生します。

逆に、がっつりバイトよりももう少し旅人気分寄りの方がいいという場合は、「おてつたび」のようなサイトを利用するとよいでしょう。おてつたびは「お手伝いしながら知らない土地を旅する」がコンセプトであり、求人を出している側も予めそれを理解するよう求められているので、行ってみたらむちゃくちゃこき使われた、というようなアンマッチは避けることができます。

また、総務省の管轄事業である「ふるさとワーキングホリデー」のポータルサイト「ふるさとワーホリ」には、一般求人には載らないような単発案件や小規模案件が掲載されています。ただし、こちらは若い人限定の求人が多いので、シニアには少し使いづらいようです。とはいえ、求人だけでなく、地方移住の促進イベントの情報なども掲載されるので、第二の故郷や終の棲家探しも兼ねて定期的にチェックすれば理想の案件が見つかるかもしれません。

 

メリットとデメリット

国内ワーキングホリデーの場合、仕事内容は100パーセント肉体労働になります。重労働も珍しくありません。

実は今夏、おてつたびを使って山梨県にある別荘地で10日間ほどアルバイト体験をしてみました。

職場は山林にあるバーベキュー会場の洗い場で、食器洗浄機から出てくる食器類をひたすら拭いては所定の位置に戻す作業に従事しました。

なにぶん普段は座り仕事ですので、はたして体力的に保つか若干不安ではあったのですが、1日の労働時間が朝と夕に分けて3時間ずつで残業なし、提供された寮も仕事場から徒歩20分程度だったので案外なんとかなりました。まさに案ずるより産むが易し、でした。

また、仕事内容も単純作業とはいえ、のべつ幕なしに流れてくる様々な食器をどんな順でさばいていけば最高効率でやっつけられるかを考えながらやっていると、なんだかパズルゲームのようで、なかなか楽しく働くことができました。昼食と夕食は支給だったおかげで洗濯以外の家事からは開放されましたし、なにより終業後にゆっくりと温泉に入れたのは特筆すべきメリットだったと思います。

しかしながら、肉体的負担はそれなりに大きいものでした。一番参ったのは3日目ぐらいから全身がパンパンにむくんだことです。立ち仕事による全身むくみは、20代の頃に経験済みだったのですが、代謝スピードの差でしょうか。往時ならば2日もすれば収まったのに、今回は帰宅後も3日ほどはむくみが残ってしまいました。体力低下ばかりでなく回復力の衰えも勘案して働かないといけなくなったのは悲しいことです。

とはいえ、こうした症状は体が慣れれば収まるはずなので、普段から体を使う仕事をやっておけば回避可能なデメリットかもしれません。

いずれにせよ、猛暑を通り越して酷暑だった今夏のお盆頃ですら夜は冷房いらずの山中で、空き時間はバードウォッチングをしながら軽い散歩や気ままな昼寝で過ごせたのは楽しい体験でした。また、寮でご一緒したひと時の同僚たちと夜中まで他愛ない話をしたのも、まるで学生に戻ったような気分になれました。最終日にはお世話になった職場の方々に「また来てくださいね!」と言ってもらえたのもうれしい思い出です。

それに、学びもありました。別荘地という場所柄もあり、現代の社会的格差を目の当たりにしたのです。社会問題を肌感覚で知るよい機会になりました。

そんなわけで、もし私が職業「旅人」を選ぶとしたら、体が動く間は年間計画を立てた上で国内ワーキングホリデーをやってみるのもいいのではないか、と思い始めています。

子育てや家のローンなど、なにかとお金がかかる現役時代と違い、シニアになれば正規雇用にこだわる理由はどんどん減っていくものです。ある程度自分でコントロール可能な働き方ができるのならば、生活における労働の意味も変わってくるのではないでしょうか。

人生百年時代=死ぬギリギリまで働かなければいけない時代をどう生き抜いていくのか。それを「働き方」の観点から予め考えておくのも、心豊かな老後を送るための秘訣だと思います。

 

さて、長らく続いた「50歳からのハローワーク」は今回が最後になります。

これまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。

また機会があればお会いできればと思います。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第21回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑯──現代社会の中で「旅人」として生きる暮らし方〈前編〉

<データ>

職業名 旅人

業種 第一次産業から第四次産業まで

仕事内容 旅の中で暮らす

就業形態 業務委託、パート、アルバイト

想定年収 ~300万円

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 ケース・バイ・ケース

 

<どんな内容>

職業が「旅人」? ふざけているの? と思われたかもしれません。

でも、大真面目です。

人生百年時代といわれるようになった今日この頃ですが、平均寿命の伸びは鈍化傾向にあるといいます。また、健康寿命との乖離も思うように埋まらない現実があるようです。50歳から先の人生を考えた時、自由にのびのびと好きなことをやれる期間は、思っているよりもずいぶんと短いのかもしれません。

ですので、今回と次回は少し趣向を変え、現実に可能かどうかは度外視した理想の生き方……より正確を期するならば「死ぬ時に後悔しなさそうな生き方」を可能にする仕事について考えてみたいと思います。

 

さて、少しばかり自分語りをすることをお許しください。

私が子どもの頃、世界名作劇場というテレビアニメのシリーズがありました。

タイトル通り、海外の名作児童文学をアニメ化した番組で、私が育った地域では毎週日曜日の夜7時半から放送していたと記憶しています。

私は、この番組が大好きでした。欠かさず視ていました。

もっとも古い番組の記憶は「アルプスの少女ハイジ」です。資料を確認すると放送年は1974年となっていたので、私はまだ3歳になるやならずやだったはずです。それでも、描かれたアルムの山の風景やフランクフルトの街並みは心に深く刻みこまれました。

それから中学生ぐらいまでほぼ習慣のように後続シリーズを視聴する中、とりわけ好きだったのが「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」「ペリーヌ物語」「南の島のフローネ」でした。最終回後、今でいうところの番組ロスに陥ったほどハマったのです。ですが、いったい何にそこまで魅了されたのでしょうか。

各ストーリーを振り返ってみると、ひとつ共通する要素が浮かび上がってきます。

それは“旅”です。

主人公たちはみな旅をしていました。

「母をたずねて三千里」と「ペリーヌ物語」の前半は完全なる旅物語ですし、「南の島のフローネ」はフローネ一家が無人島でサバイバルするという、ある意味究極の旅生活が描かれます。また、ハイジも幼いながら山と大都市を往還します。唯一の例外は赤毛のアンですが、物語はアンが孤児院から引き取られてプリンスエドワード島のアヴォンリー村で新たな人生を迎えるところから始まりますし、後半には進学のために地方の中心都市で下宿生活するようにもなります。

つまり、私が大好きだった主人公たちはみんな人生の一時期を旅に生きているのです。

もちろん最終的には安住の地を見つけて幸せになるわけですが、私はそこに至るまで、様々な土地で新しい光景、出来事、人々と出会い、刺激を受けながら成長していく彼らの姿に強いあこがれとうらやましさを感じていました。

そして、それは今も減ずることがありません。文字通り“三つ子の魂”なのでしょう。未だ旅の中で暮らしていきたいと願ってしまうのです。

しかし、五十路を超えた今は、本当に旅に生きればどんな困難が待ち受けているのか想像できる程度には世間を知っています。

 

稼ぎを求めて各地を巡る生活

「ノマドランド」という映画をご存じでしょうか。2020年に公開され、その年度の映画賞を次々獲得したことで話題になったので見た方も多いのではないかと思います。

この作品は米国のジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション『ノマド  漂流する高齢労働者たち』(原題:Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century)を原作としています。

ブルーダーは、リーマンショック後、グレート・リセッションと呼ばれた2000年代終盤から2010年代初頭にかけての経済衰退期に一部の高齢者が家を失い、車上生活者となって日雇労働をする貧困層に陥った現実を、当事者に密着してルポしました。本の中には、Amazonに代表されるグローバル企業が労働力を使い捨てにして莫大な利益を上げている現状が詳細に描かれています。

新自由主義が極まった果ての世界がどんなものであるか。それはもう言うまでもなく一部の強者が弱者をいいだけ食いものにする世界であり、映画にもそうした部分はしっかりと描かれています(企業が労働者に提供する「福利厚生」が、無料で飲み放題のアスピリンというのですから……)。

しかし、それでも主人公女性のノマド生活は詩情豊かに表現されています。また、ラスト近く、不安定な生活を変える機会があるにもかかわらず、彼女は躊躇するのです(どんな選択をするかは見てのお楽しみ)。

稼ぎを求めて各地を巡る生活は決して万人向けではありません。

しかし、私たち日本人のずっと遠い祖先は何世代にもわたって旅を続け、ようやくこの東の島国にたどり着きました。

だから、私は旅する民の末裔なのだ、と自認しています。

そんなわけで、今回と次回は現代社会において旅人として生きる方法を探っていきたいと思っています。

 

その1 デジタルノマド

社会のIT化が進んだことで、デジタルノマド(digital nomad)なる新しい働き方が提唱されるようになりました。

ノマドとは、遡ればギリシャ語に起源を持つ英単語で遊牧民――家畜を連れて広大な大地を移動しながら生活をする人々を指す言葉です。

そんな彼らのように、インターネット環境とIT機器を武器に場所を選ばずに働く人たちのことをデジタルノマドと呼びます。

とはいえ、その多くは単にカフェやコワーキングスペースなど、場所をあちらこちら移動して仕事をしているだけです。コロナ禍の真っ只中に、新しい働き方としてワーケーション(仕事:Workと休暇:Vacationを組み合わせた造語)、つまりリゾート地や観光地などで仕事をしながら同時に休暇も楽しむ働き方が提唱されましたが、これなどはまさにデジタルノマドの典型例でしょう。

しかし、たまの休暇ではなく、数ヶ月あるいは数年のタームで旅をしながら働いている人はごくわずかです。

では、本格的に旅するデジタルノマドたちはどんな仕事をしているのでしょうか。

もっとも目立つのは第13回で取り上げたYouTuberをはじめとするデジタル・コンテンツの提供者です。

彼らは旅の見聞をそのままコンテンツとして様々なプラットフォームにアップし、視聴者を得て再生回数を稼ぐことで収入源にしています。当然ながら人気が出なければ一銭にもなりませんが、そこはあの手この手で特徴を出しながら登録者数を獲得しています。

もっとも人気が高いデジタルノマド系YouTuberだと、デジタルノマドのライフスタイルを指南するハウツー動画をアップし、何万ものいいねを獲得する人気コンテンツになっています。

また、VANLIFEと呼ばれる車上生活をコンテンツ化しているデジタルノマドもいます。

こちらは同じ車上生活であっても、ノマドランドで描かれるような貧窮生活ではありません。

ライトバンや小型バス(時には観光バスレベルの大型車も!)の車内を、普通の生活をするのになんら困らないレベルにまで改造し、車中泊をしながら暮らしています。キャンピングカーのようにキッチンやトイレはもちろん、快適なベッドルームにダイニング、シャワー室まであったりするのです!

彼らは自らの生活自体をコンテンツ化しつつも、概ねフリーランスのプログラマーやWEBデザイナーなどデジタル系技術者をやっています。また、オンライン上での語学講師やITコンサルティング業を営む方たちもいます。主な収入はそちらから得る方が多いようです。

こうして考えると、何らかのリモートワークが可能なスキルによって、ある程度補完する収入を得られるのであれば、年金などのベーシックインカムが保証されている年齢層の方がデジタルノマドになりやすいのかもしれません。

今はまだ無理でも、将来デジタルノマドを目指してリスキリングに励むのもよいのではないでしょうか。

(次回に続く)

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第20回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑮──野生の鳥獣に命をかけて挑む「猟師」

<データ>

職業名 猟師

業種 第一次産業

仕事内容 狩猟鳥獣(法律で捕獲が認められている鳥獣)を狩る

就業形態 個人事業、一部法人経営

想定年収 5万円~250万円(兼業収入は除く)

上限年齢 なし

必要資格 後述

必要技能 体力、忍耐力、狩猟および自然環境の知識、コミュニケーション力

 

<どんな内容>

今回は第一次産業の中でもワイルド・サイド最右翼である猟師の仕事を見ていきたいと思います。

猟師になるには狩猟の技術がなければなりませんが、習得したからといってすぐに猟師をやれるわけではありません。何段階もの手続きがあります。

まず、プロ・アマ問わず、狩猟をするには都道府県知事が発行する狩猟免許の取得が大前提です。狩猟免許は第一種銃猟免許(散弾銃、ライフル銃)、第二種銃猟免許(空気銃)、わな猟免許、網猟免許の4種類があり、取得した免許によって行える狩猟の種類が決まります。取得には、狩猟に関する知識、技能、さらに適性があるかを確かめる「狩猟免許試験」に合格する必要があり、受験するには試験の実施日に20歳以上(網猟、わな猟は18歳以上)であること、精神疾患や薬物中毒などの問題を抱えていないことなど、いくつか条件が設定されています。危険を伴う仕事なので自ずと要件が厳しくなっているのです。

試験内容は筆記、適性、実技の3つです。筆記試験では狩猟法や銃器の取り扱い、野生動物に関する知識などが問われます。適性試験では視力と聴力、運動能力が測られます。狩猟用具を扱うだけの身体能力があるかを確認するのが目的です。技能試験では猟具の取り扱いの技能はもちろん、狩猟してもよい種類かどうかを見分けられるかを問う「鳥獣判別」、第一種と第二種では道具を用いずに目だけで対象との距離を測れるかどうかを確かめる「目測」などがあります。採点は、できないことがあるたびに点を引かれる減点法で、実技では細かい動作までチェックされます。これも自他を危険から守るための処置なのでしょう。

合格率は70%から80%ほどなので、さほどハードルが高いわけではなさそうです。ここで不合格になるなら猟師には向いていない、ということなのかもしれませんね。

さて、免許を無事取得できたら、次は狩猟者登録を行う必要があります。これは猟場とするエリアがある都道府県ごとの登録が必要で、なおかつ毎年更新しなければなりません。たとえば、青森県と大分県で猟をしたいと考えているなら、両方の県で登録しないといけないわけです。また、申請ごとに5500円から16,500円程度の狩猟税を納入する必要があります(金額は2024年現在)。さらに、3,000万円以上の損害賠償保険/共済に加入するか、同等の賠償能力を証明する必要もあります。

また、猟銃や空気銃を所持する場合は居住する都道府県の公安委員会に申請して許可を得る必要がありますが、許可がおりる前には警察による調査が行われます。この際、自身への面接は言わずもがな、家族や職場のみならず近所にまで普段の挙動について聞き込みが入ります。つまり、自宅で銃を持っていることが半ば公になるのです。危険物を持つ以上、こうした手続きは避けられないのですね。

登録後は自治体が実施する講習会への参加が義務付けられています。これらをすべて果たして、はじめて法的な条件が整います。

しかし、これで即猟師になれるわけがありません。狩猟技術の習得はもちろん、猟場にする地域の特性理解が不可欠です。そのためには地域の猟友会に加入し、先輩ハンターについて勉強するのが常道です。いきなり一人で山に入り、我流で猟をやったところで成果は上がらないどころか、自分や他人の命を危険にさらすことになります。さらに猟場を荒らせばどんなことになるか……。免許を取り、狩猟道具を整え、師を得た時点が猟師としてのゼロ地点のようです。

この時点で、道具取得などを含め、初期費用として少なくとも30万円程度が必要です。

 

猟だけで生計を立てるのは難しいが……

次に、仕事として現金収入を得る方法にはどのようなものがあるでしょうか。

猟だけで収入を得るなら、有害鳥獣の駆除がほぼ唯一の手段です。有害鳥獣の駆除は自治体から請け負うのが一般的ですが、個人から請けることもできます。自治体の依頼は猟友会経由、あるいは認定鳥獣捕獲等事業者として登録していることが条件です。

報酬や条件などは各地で違いがあり一概にはいえないのですが、駆除後の始末や事務手続きなど猟以外の手間も多く、そのわりには報酬が安いので、これだけで生計を立てるのはなかなか難しいようです。

では、獲った鳥獣を利用する手段はないのでしょうか。まず思いつくのは、ジビエとして、あるいは加工して売るという方法ですが、店を開いたり、飲食店などに卸したりするのであれば最低限食肉処理業の営業許可を取らなければなりません。加工するなら食肉製品製造業をはじめ食品関係の営業許可が必要です。自分でレストランやカフェを運営して売るならば、飲食業に関する許認可も必要です。日本の食の安全は、こうした何重もの制限に守られているのです。

法人で働きたいなら、観光客向け狩猟体験のワークショップなどを開催しているツーリズム会社に入る、あるいは起業するという手があります。また、周辺の山について熟知している利点を活かし、森林法に基づく環境調査を請け負うコンサルタント業を営むケースもあります。

どのような形で働くにせよ、猟は時に危険を伴います。そのために法律や条例で厳しく規制されているため、法令遵守の精神が求められます。また、自然への畏敬の念がなければいずれは自身を危険にさらすことになりかねません。しかし、山野を駆け巡り、野生の鳥獣に命をかけた真剣勝負を挑む、そんな生活に憧れを抱く向きにはたまらなく魅力的な職業といえるでしょう。

 

<リアルな事情>

猟師。多くの方にとって、あまり馴染みのない仕事ではないでしょうか。

2024年現在、狩猟免許を持っているのは約21万人、しかし実際に狩猟を行うのはその三分の二程度で、さらにその中にはスポーツハンティングをする人も含まれるので、専業の狩人となるとぐっと少なくなります。

今回、狩猟業界の実情を聞かせてもらったのも兼業ハンターでした。なお、諸般の事情により性別年齢狩猟地域、その他のくわしい情報は伏せ、お名前も仮にAさんといたします。ご了承ください。

さて、Aさんにはまずそもそも50歳以上で猟師を始めるなんてことが現実的なのかどうかを聞きました。

すると、Aさんは「ちっとも遅くない、むしろ大歓迎」とおっしゃいました。

背景には、狩猟免許を持つ人口が平成以降どんどん減っている現実があります。狩猟人口が右肩下がりで、特に若者の新規参入者が激減しているため、狩猟界も御多分に漏れず高齢化しているのです。そのため、50代なんてルーキーのうち、60代でもひよっこ扱いなので、参入するにしてもまったく遅くないとのことでした。

ただし、すべての50代がウェルカムなわけではありません。

猟師になるには、体力だけでなく精神的な強さや忍耐力などが求められますが、それ以上に必要なのはコミュニケーション能力ということでした。一人前になるには師と仲間を得ることが不可欠だからです。

狩猟でも、スポーツハンティングの範囲で楽しむのであれば単独行動も可能かもしれません(ただし初心者がいきなり知らない猟場に入るのはほぼ自殺行為とのこと)。しかし、仕事として成り立たせる前提であれば、地元猟友会に加入しない限りなかなか難しい。これが、猟師にコミュ力が求められる所以だとAさんは言います。

猟友会は基本、昭和的徒弟制度が残存する体育会系の階層社会だそうです。

猟をするには猟場を熟知する必要があります。そのためには先達に教えを乞い、一から体で覚えなければいけません。また、大型獣の捕獲はチームプレイになります。罠猟であってもこの点は変わりません。なぜなら獲った獲物を処理するために他人の手を借りなければならないからです。

猟師の世界には「見切り三年、勢子六年」という言葉があるのだとか。見切りとはどのあたりに獲物がいるのかを判断すること、勢子(せこ)とは獲物を追い立てて射ち手のいる場所に追い込む役割のことだそうですが、これらを経てはじめて一人前になるわけですから、10年ぐらいは先輩たちにもまれながら下積み生活を送るわけです。

Aさんは、クレー射撃などで腕に自信がある都会の人間が猟をやりたいと猟友会に入ってきたものの、泥くさい世界に我慢できず去っていく姿を何度も見てきたそうです。

コミュ力の問題は無事クリアし、猟師として一人前になったとしても、稼ぐにはまだまだ壁があります。

一つは利益率の低さです。猟の世界も近年の円安の影響を受け、諸経費がかさむようになっています。その一方で収入は上がりません。自治体の報奨金はそうそう引き上げられるものではありません。

食肉として販売する手段を確保したとしても、ジビエの消費はまだまだ限定的です。また、畜産と違って常に同一品質を担保できるわけではないので、獲物の状態によって値段は激しく上下します。

このようになかなか一筋縄ではいかない仕事ではありますが、それでも猟は楽しいとAさんは言います。

人間は誰一人として他の命を奪わずに生きられる者はいません。たとえヴィーガンになったとしても生物の一種である植物を糧にするのだから、結局は同じことです。

近代日本はニホンオオカミを絶滅させてしまうなど、山の生態系を大きく崩してしまいました。それが山の環境荒廃という結果になり、山が荒れたことで海の貧困化も進んでいると言います。

山の環境を取り戻すには、かつて肉食獣たちが担っていた役割を人間が果たす責任があります。そういう意味において、猟師は人が生態系の一員に戻れる数少ない手段の一つなのかもしれません。そして、この職業のやりがいは、こんなところにもあるのかもしれません。

 

【こんなタイプにぴったり】

動物愛護や自然保護の本当の意味を探求したい

多少のことでは動じない胆力がある

己の力を試すことに喜びを感じる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

体力がない

集団での決まりを守れない

お金儲けが目的

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第19回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑭──異文化交流が楽しめる「インバウンド関連の仕事」

<データ>

職業名 インバウンド関連業

業種 第三次産業

仕事内容 海外からの観光客を対象にサービスを提供する仕事

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 10万円~300万円

上限年齢 なし

必要資格 後述

必要技能 外国語の読み書き/会話能力、リサーチ力、多文化理解

 

<どんな内容>

コロナ禍による入国制限が解除されて以来、訪日外客数は増加の一途をたどっています。国策として「インバウンド=外国人の訪日旅行」が推し進められている今、この傾向はしばらく続くことでしょう。

対外国人の観光業は数少ない成長産業であり、中高年が個人として参入できる余地もあります。今回は、そんなインバウンド関連の仕事を二つ考えてみたいと思います。

 

1.通訳ガイド

一つ目はインバウンド対象の旅行ガイドです。

以前は有償で通訳ガイド業を営むには国家資格である通訳案内士の資格が必須でしたが、2018年に法改正され、現在は無資格でも訪日客の旅行案内を仕事としてできるようになりました(ただし条件あり)。

とはいえ、案内人としての語学力や知識が必要なのは変わりありません。それだけでなく、それぞれに異なる文化背景を持つ外国人旅行者のニーズに的確に応えるには、広い見識と多様な価値観への理解が必要です。また、きめ細やかなおもてなしの心も求められるでしょう。

まとめると、

(1)ガイドする地域についての文化理解と知識の蓄積

観光スポットの情報だけでなく、地域特有の歴史や文化、生活習慣の知識や、季節ごとのイベント、さらに外国人が喜ぶグルメや土産物などの情報を幅広く知っておく必要があります。

さらに、周辺地域への移動手段やお得な切符情報など、土地勘がなければリサーチしづらい最適な動線を提案できる知識も欠かせません。

(2)会話力と多文化理解

何語であれ、顧客と円滑なコミュニケーションを実現できるだけの語学力が必要です。その上で、文化的な違いを理解し、日本文化との橋渡しができるようになるためには、日本語自体の能力も高くないと難しいでしょう。

一方、顧客の文化背景を理解しておくことも重要です。たとえば、宗教的な制約に配慮した食事の手配や、リピーターなどが求める特別な体験の提供など、個別のニーズに合わせた対応力が求められます。また、顧客が病気や事故など緊急事態に陥って助けを求められるケースも発生するかもしれません。そんな場合、日常会話を超えた語彙力が必要になるでしょう。近年はスマホの辞書/翻訳機能を使えば聞き慣れない言葉も即座に意味を把握することはできますが、文脈を正しく理解し、寄り添うような対応ができるのは人間だけです。安心して旅を満喫してもらえるよう、丁寧な対応と柔軟な発想が求められます。

(3)体力

場所によっては歩いて案内する時間が長くなります。特に、現地でのウォーキングツアーなどを開催する場合は体力がなによりも必要です。

 

2.民泊経営

Airbnbというネット上のサービスをご存じでしょうか。日本語では「民泊」と呼ばれる、自宅の空き部屋や所有物件を旅行者に貸し出すマッチング・サービスで、ギグワークの物件版といえるでしょう。

民泊と民宿の違いは、その形態や法的位置づけにあります。民宿は旅館業法に基づいて営業する施設ですが、民泊は2017年6月に成立した住宅宿泊事業法(民泊新法)に基づいた、比較的新しい宿泊形態です。米国においてネット上で提供者と利用者を結びつけるサービスが始まり、日本にも入ってきたことから法令整備がされました。

民宿は通年営業が可能で、食事の提供もできます。一方、民泊は年間営業日数に180日という制限があり、一部の例外を除けば素泊まりが基本です。また、民宿は宿専用の調理場や浴場など、設備の設置義務がありますが、民泊は一般住宅をそのまま活用できます。とはいえ、最低限の台所、浴室、トイレ、洗面設備はなければいけません。また、他にも色々と要件があるものの、基本的に普通の家程度の設備があれば問題ないでしょう。なお、営業届は必要であり、非常用照明器具の設置や避難経路表示などの安全対策も民宿と同様に求められています。他にも細かい要件はありますが、宿泊施設の少ない地域では観光客にとってありがたい存在になっています。

 

〈リアルな事情〉

近年はインバウンドが過熱気味で、一部ではオーバーツーリズムなども問題になっています。それでも日本に来ようと思ってくれる外国人が増えるのは、経済的にも、日本の国際的地位称揚のためにもよいことです。

そして、現在の傾向を将来の好循環につなげる鍵は、彼らと直に接する仕事をしている人たちの肩にかかっているといって過言ではありません 。

海外旅行をしたことがあれば、誰もが現地ガイドの印象がそのまま旅行の印象に直結する経験をしているのではないでしょうか。私もアジア、北米、欧州などを何度か旅しましたが、どんな場所でも現地ガイドとの交流が心に強く残っています。

 

さて、ツアーガイドについては、中高年が始めるなら、フリーランスガイドとして個人が個人から依頼を受けるプライベートツアーか、あるいは現地集合現地解散の形態で顧客を募集するのが早道でしょう。近年では、観光ガイドの仲介サービスが増え、そこに登録しておけばサイトを経由して受注することができます。また、LinkedInのようなビジネス特化型人材サイトに登録しておけば、直接の取引も可能になります。

実は私も年に一度ほど、とある米国の大学の学生さんたちに、東京のお化けスポットを巡るスタディツアーを提供しています。言葉は米国から引率してこられる先生に通訳をお任せしているものの、毎回コースを考え、お化け話の裏にある日本文化の真髄を米国の学生たちにわかりやすく説明するのは、なかなか骨が折れるものです。それでも、説明を熱心に聞いてくれる姿を見ればいっぺんに報われます。心躍る楽しい仕事です。

なお、語学力に関しては、相手の要求を理解できるだけの力があれば、ネイティブなみの流暢さはなくてもよいのでは、という気がしています。というのも、私が外国で出会ったガイドさんたちの中には、日本語の発音や言葉遣いがかなりあやしい人もいたからです。しかし、それでも十分でした。つまるところ、大事なのは、気持ちと知識、なのだと思います。「どのようにすれば楽しいひと時を過ごしてもらえるのか」に集中すべきなのでしょう。とにかく、ガイドをするには一にも二にも自分自身の勉強が大切。もしかしたら、これ以上の脳トレはないかもしれません。

 

次に民泊。これは、自宅の空き部屋や、誰も住んでいない所有物件を活用したい人には最適でしょう。

私は海外でも国内でも民泊を利用したことがあります。ホテルを利用するより安くつくだけでなく、御自宅の一室を借りるタイプの民泊では、家主さんと楽しくお話するなど、温かい時間を持つことができました。一方、アパートの一室や戸建て一棟を丸々借りる場合は、文字通り“住むような旅”になり、現地の食材で料理をしたり、地元民向けの公共交通機関やお店を利用したりと、ツアーだとまず経験し得ない旅になり、これまたよい思い出になっています。

とはいえ、見ず知らずの人に部屋を貸すなんて不安という向きも多いことでしょう。その点、民泊サービスを斡旋するサイトでは、提供者は利用規約を細かく設定できるほか、利用者の評判を見て受け入れるかどうか選ぶことができます。実は、提供者のみならず利用者も事後評価の対象となるため、ひどい使い方や規約違反をした利用者には低評価がつけられるのです。提供者も安心できるようなシステムになっているからこそ、契約に厳しい外国でサービスが広がったのですね。

日本では法的な制限が多いため、現状はそれほど一般的ではありませんが、今後需要の増加とともに提供者も増えていくものと思われます。我が家に他人を入れることに抵抗がなければ、十分検討に値する“仕事”です。ただし、昔ながらの住宅地の場合、地域住民が見知らぬ外国人がウロウロするのを嫌うこともあるため、近隣への根回しはしておいた方が無難なようです。

 

どちらの仕事も「国際社会に生きる自分」をダイレクトに実感できる仕事です。異文化交流が好きならばやってみる価値は大いにあり、ではないでしょうか。

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第18回▶“お仕事”あれこれリサーチ” その⑬──利用者からの“ありがとう”がやりがいに「家内労働代行業」

<データ>

職業名 介護/育児/家事代行

業種 第三次産業

仕事内容 従来「主婦業」とされてきた仕事

就業形態 業務委託、正社員、パート、アルバイト

想定年収 30万円~400万円

上限年齢 なし

必要資格 なし(資格必須の介護職を除く)

必要技能 家事、育児、介護の技術

 

<どんな内容>

一般家庭ではつい最近まで、家庭内で発生する諸々の労働は家族の誰かが無償で担当するものと相場が決まっていました。その多くは主婦と位置づけられる女性が担っていたわけですが、近年は夫婦双方がフルタイムで共働きをする核家族が増えたため、平均的なお家でも家内労働を外注する流れが生まれてきています。

その流れを後押ししているのが、利用者とサービス提供者を結びつけるマッチングサイトの増加です。

以前は家内労働の代行というと家政婦派遣を専門とする家政婦紹介所に紹介してもらい、同じ人に継続して来てもらうものでした。しかし、現在はマッチングサイトを通してギグワーク(*)的に受発注する方法が主流になりつつあります。

現在、サイトを通して提供されている家内労働代行サービスには以下のようなものがあります。

 

家事代行

掃除:家全体の清掃から、水回りだけ、庭だけなど場所を限定した案件、あるいはゴミ捨てだけといったケースまで。ただし、ハウスクリーニング業者ではないので、特別な技術を要する清掃はサービス外となる。

洗濯:洗濯、乾燥、アイロンがけまで一式。染み抜きなどクリーニング店が提供する特殊技術が必要なものはサービス外。

料理:食材の買い出しから始まることも、依頼先の家にある材料だけで作ることもある。毎日食事の支度をしに行くこともあるが、数日分の作り置きをすることの方が多い。

買い物:家族に幼い子や要介護者がいる場合、あるいは心身に不自由があって外出が難しい人が主な依頼主になる。食料品や日用品の買い物をする。

 

家事代行サービスの給与体系は、日給/時給制と案件ごとの報酬制に分かれます。時給制の場合はだいたい各地の最低賃金を少し上回る程度のようです。案件ごとの場合、内容によって変動がありますが、複数掛け持ちして一日一万円を超えるか超えないかぐらいが一般的でしょう。

 

ケアワーク代行

育児:いわゆるベビーシッター。海外では学生のアルバイトだが、日本では育児経験者が多い。学齢期に入るぐらいまでの子どもの世話や見守りなど。

ホームヘルパー(訪問介護員):高齢者や障害者など、日常生活に介助が必要な人に、身体介護や生活援助を提供する。ホームヘルパーとして仕事をするには、厚労省認可の介護職員初任者研修課程修了以上の介護資格が必要。ただし、生活援助だけなら生活援助従事者研修を修了すれば、生活援助中心型の訪問介護サービスに携わることができる。

ペットの世話:毎日の散歩や、旅行中の餌やり、トイレ掃除など。

 

ケアワークのうち、育児代行の平均時給は1500円程度とされています。一般的な家事代行より少し高いですが、命を預かる仕事と考えれば特段高給とはいえないでしょう。

ホームヘルパーの給与も同程度です。生活介助のみの場合はこれより低くなります。

ペットシッターは案件ごと1300円前後が相場です。ただし、1件に掛かる時間が比較的短いので、効率的に仕事を入れて完全フルタイム状態で週5日働けば月に20万円ぐらいは稼げるようです。

 

就業形態は業務委託から雇用契約を結ぶ形まで様々です。仕事の単価は業務委託の方が高くなりますが、代わりに社会保険は自前になりますし、仕事中に事故が発生しても労災の対象外になります。少なくとも最初のうちはパートやアルバイトとして雇用契約を結んで働く方が安心かもしれません。

いずれの仕事も、依頼者の自宅を訪れて仕事をすることになります。提供するサービスに習熟しているのは大前提ですが、他人のプライベート・エリアに立ち入ることの意味をしっかり理解しておくのも必須条件です。

* ギグワーク
マッチングサービスを利用して、個人が自分のスキルや能力を提供し、案件ごとに報酬を得る働き方のこと。従来の日雇いに近いが、発注者と受注者の間に雇用関係はなく、仲介者が需給を案件ごとに結びつける形を取る。場所や時間にとらわれない自由な働き方ができるため、元々はこづかい稼ぎ程度の副業形態として始まった。しかし、現在はこれを本業とするケースも増え、それに伴い偽装請負問題などの社会問題も発生してきている。

 

<リアルな事情>

昭和世代には、家事代行を依頼するのはよほどのお金持ちや有名人のお宅だけ、というイメージがあるかと思います。

しかし、今や時代は変わりました。これまで結婚や出産を期に専業主婦となっていた女性たちが、継続してフルタイムの正社員として働く道を選ぶのが当たり前になったため、家内労働の外注を視野に入れるようになってきたのです。背景には共働きでないと一定の生活水準を保つのが難しくなっていること、さらに自分の人生プランとして家庭依存を前提にしなくなった女性が増えたことがあります。また、自分で家事をする時間のない、あるいは家事技術がない単身者や、認定レベルの問題で介護サービスは利用できないものの家事や外出は体力的に厳しい高齢者が依頼するケースも急増しているそうです。

結果、無償労働とみなされていた家内労働にも、市場で取引可能な価値があると改めて認識されるようになりました。今のところ、完全に一般化した、とまではいえませんが、市場規模は急拡大中です。

これは、専業主婦の経験しかないために外で働くことに躊躇していた層にとっては朗報といってよいでしょう。これまで「換金」という意味では無価値とされていた経験を活かせるようになったわけですから。

とはいえ、家事も賃金労働になったら、当然一定以上のレベルが求められます。自宅では少々手抜きもできますが、お金をもらうならば、それは許されません。また、提供するのはあくまで「代行」サービスであり、やり方は基本先方の希望に合わせるものと理解しておく必要があります。

マッチングサービスの提供者には事前研修をする業者もありますが、内容はほとんどがシステムの使い方や働き方心得程度で、実際に提供する技術について時間をかけて学ぶような機会はありません。ですので、我流家事がお客さんの満足を得られるレベルにあるか、自己判断する必要があります(料理代行は事前に実技テストがあるケースもあります)。

ケアワークになると、家事以上に家庭ごとの事情が違ってきます。育児や介護は数年前の情報でも古くなるほど刻々とやり方が変わっています。

つまり、家事もケアワークも「私は今までこうやってきたから」は通用しないわけです。お客様のお気持ち第一が大事な要点になるとか。多くのマッチングサービスでは、利用者がサービス提供者の評価を直接書き込めるスペースが設けられています。自分の仕事が即座に★いくつ、のような形で目に見えて評価されてしまうわけですから、それなりに緊張感を強いられます。

 

家内労働サービスも時代に合わせる必要性が

とかくIT化が急速に進み、“世の常識”の変化も激しい昨今ですが、家内労働代行サービスもその軛(くびき)から逃れることはできません。

ITに関しては、最低限のIT機器、つまりスマートフォンぐらいは使えないと仕事を得るのは難しいでしょう。利用者とのマッチングサービスはスマートフォンやパソコン経由で行われるからです。働ける時間を登録するのも、仲介業者からのオファーを見るも、ネット上に公開されたシステム上で行われます。スマホなんて電話とLINEしか使わない、では済まないのが現状です。とはいえ、ほとんどの場合、画面を見たら直感的に使えるように工夫されているのでさほど難しくはありません。積極的に慣れる気持ちがあれば大丈夫かと思われます。

次に“世の常識”については、ポリティカル・コレクトネスやコンプライアンスといった、この10年ぐらいで一般的になった概念に対応していく必要があります。

たとえば、もし育児代行で伺った先のお宅の娘さんが戦闘ロボットの玩具で遊んでいたとしましょう。それを見て「あら、女の子のくせにロボットなんかが好きなの? それは男の子のおもちゃよ。着せ替えができるかわいいお人形の方がよくない?」などと言ったら、今はアウトです。

こんなケースもあります。うちの子には乳製品と卵にアレルギーがあるので与えないでくださいと言われていたのに、「好き嫌いはいけないから直しましょうね」と好意のつもりで与えてしまう。これなどは下手すれば訴訟されかねない致命的なミスです。

これらがなぜアウトや、致命的なミスになるのかわからないのであれば、育児代行をするのは難しいかもしれません。

また、個人情報保護について敏感な人が増えている昨今、おうちの事情をほかで漏らすなどもってのほかです。知り合いにだけ公開のSNSにおもしろおかしく、あるいは愚痴として書いてもどこかから漏れて訴えられる可能性があります。

ただし、コンプライアンスを理解しておくのは、自分の身を守るためでもあります。

派遣先で無理難題を押し付けられたとして、明らかにコンプライアンス違反や契約違反である場合は、それを盾に拒否することができます。この場合、たとえ悪評をつけられたとしても、仲介業者に申し立てればきちんと対処してくれるでしょう。

いずれにせよ、普段から家事をしているのであれば、サービス利用者と同じ目線に立って先方の困り事を解決することができます。これは何よりのアドバンテージです。心からの「ありがとう」をもらえるのは、金銭を超えたうれしさがあります。

 

【こんなタイプにぴったり】

家庭労働のエキスパートたる自信がある

時代に合わせられる柔軟性がある

口が堅い

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

何事につけ我がやり方が一番と思っている

若い人には万事何事も教えたくなる

「家政婦は見た!」にあこがれている

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第17回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑫──ストレスフリーな働き方が魅力の「ハンドメイド作家」

<データ>

職業名 ハンドメイド作家

業種 第二次産業(第三次産業でもある)

仕事内容 手芸品や工芸品などの製造販売

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 0円~500万円

上限年齢 なし

必要資格 なし (食品を扱う場合は食品衛生責任者と食品衛生法に基づく営業許可が必要)

必要技能 なし

 

<どんな内容>

ハンドメイド作家とは、自分でデザインした手芸品や工芸品を制作販売している人たちのことを言います。販売物は、アクセサリーや雑貨、洋服から木工品、ガラス製品など様々です。

かつては、たとえ何かを作れたとしても、販売ルートを開拓するのが大変でした。実店舗を構えるとなるとハードルが高く、いいところバザーやフリーマーケットなどで細々と売るのが関の山でした。

しかし、近年はインターネットの普及によるeコマース発展により、個人が作品を販売するための仮想市場がひろく利用されるようになっています。制作物が商品として販売できるだけのクオリティがあると確信できれば、特別な資格や開業手続きなどは必要ありません。

また、現時点ではこれという特技がなくても、興味を持てる手工技術を見つけられさえすれば、ワークショップに参加したり、カルチャーセンターに入学して学んだりすることができます。近年はYouTubeなどの動画サイトを見て独学することも可能です。コツコツと練習して、商品とするに足るレベルに至れば、ハンドメイド作家としてデビューできるかもしれません。

収入は、作品の種類や単価、そして言うまでもなく作家自身のスキルによって大きく変わってきます。多くの場合、月に数万円稼げれば御の字のようですが、人気が出れば本業としても遜色ない程度の収入を得ることができます。

ハンドメイド作家として仕事をするメリットは、やはり自分が作った作品を人に買ってもらう喜びをダイレクトに味わえることでしょう。また、自宅を仕事場にすれば、開業時に発生するコストは材料費ぐらいで抑えることができる、低リスク起業です。後半人生の仕事としては、自分のペースで仕事ができるのも魅力です。

もちろん、デメリットもあります。

まずは商売として軌道に乗せるのがなかなか大変、という点です。

先ほど触れたように、現在はインターネット上に個人がハンドクラフトを販売する場がたくさんあります。ですので、まずはそうしたサイトに登録し、販売スペースを持つのが現実的です。販売サイトには、登録自体は無料で、販売が発生して始めて手数料を支払う形を取るものもあります。ですので、初期費用の心配はありませんが、仮想店舗をオープンしたからといって、すぐにお客さんがつくものではありません。自分で集客の工夫をする必要があります。アクセサリーや布製品など、比較的人気が高い分野だと、その分競争も激しくなっています。

また、売れた後の流通管理や事務作業も発生するので、作るのは得意だけれども管理作業が苦手であれば、誰かに手伝ってもらうなど、なんらかの手を講じる必要はあるでしょう。

 

<リアルな事情>

かつては“主婦の手慰み”や“年寄りの暇つぶし”扱いだった手芸や日曜大工も、eコマースが端々まで広がったことで、立派に商売として成り立つようになりました。

私も、最近は小物類やバッグを中心に、ハンドクラフト販売サイトで探すことが多くなっています。好みにマッチする個性的な商品をリーズナブルに購入することができるからです。

気に入った商品に関してはリピートすることも多いですし、同じ作家さんの作品でトータルコーディネートすることもあります。商品は概ね満足できるレベルで、失敗したと感じたことはほとんどありません。それだけしっかりとプロ意識を持つ人たちがやっているのでしょう。

ハンドメイド作家には、当然ながら創造性と手先の器用さ、そしてオリジナリティがいの一番に求められます。

 

宣伝力を身につけるのも重要

しかし、それだけでは職業としては成り立ちません。作家として成功するには、高品質な作品を作ることはもちろん、ターゲットとなる顧客を明確にすることやマーケティング戦略も必要です。また、個対個の取引になる分、企業取引以上に個々の顧客を大切にできなければリピーターの確保は難しいでしょう。

またeコマースではネット上での宣伝や告知が不可欠です。ということは、写真撮影の技術や、InstagramやTikTokなどのツールを使いこなす必要が出てきます。SNSは苦手、などと内にこもっている余地はなさそうです。満足な収入を得るには、根気と向上心を持って、作品作りや販売に取り組まなければならないということなのですね。

やはり、「好き」だけでは商売にするのは難しそうです。

しかし、逆に考えれば、企画から販売、アフターサービスまで一人で考え、実現できるのは最高の楽しみでもあります。余計なくちばしを挟んでくる上司も、思うように動いてくれない部下もいないわけですから。ある程度自己完結できるスキルさえあれば、最高にストレスレスな働き方といえるのかもしれません。販売などの実務に関してもネット上でノウハウが公開されているので、それを見れば最低限の知識は学べます。

また、人気が高くなれば講師として人に教えたり、実用書を出版するなど、派生する収入源を持つこともできます。さらに、近頃ではYouTubeなどにノウハウを伝授する動画をアップするハンドメイド作家も増えています。こちらは、よほどの人気にならない限り収入自体は当てになりませんが(くわしくはYouTuberの回⦅第13回⦆を御参照ください)、自作品の宣伝としては有効です。どんどん挑戦するべきかと思われます。

収入「だけじゃない」魅力

と、ここまでは本連載の主旨に基づいて「収入を得る」という観点からつらつらと述べてまいりましたが、最後に少し甘酸っぱい本音を申し述べるとすると、ものづくりの楽しさはやはり自分の手で何かを生み出すこと、それに尽きるのだと思います。

今後、AIの進歩によって、人の力が求められる分野はどんどん狭くなっていくでしょう。

特に知的生産については、かなりの部分が取って代わられるものと考えられます。しかしながら、AIには手芸品や工芸品を作ることはできません。よしんば設計図やデザイン図は出せたとしても、それを現実世界で形にすることは人間にしかできないことです(今のところ)。

人不足の時代とはいえ、シニア層に求められているのは、クリエイティビティの発揮より、単純労働の担い手として役割です。シニア求人のほとんどが清掃や警備員であることを見れば明らかです。

しかし、収入の柱を単純労働とクリエイティビティ労働の両方に持っておけば、リスク分散になると同時に、心のリスク管理にも繋がるのではないでしょうか。

自分の作品が人から求められる喜びは、間違いなく後半人生を彩ってくれるはずです。

 

【こんなタイプにぴったり】

クリエイティブな仕事が好き

手先が器用

プロ意識がある

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

儲けを優先したい

ルーズで顧客対応ができない

せっかち

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第16回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑪──人間力がそのまま経営力になる「スナック/バー」

<データ>

職業名 小規模スナック経営者/バー経営者

業種 第三次産業

仕事内容 夜間を主とする酒類と娯楽の場の提供

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 0円~800万円

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 なし

 

<どんな内容>

今回は日本の飲食業におけるスナックとバーを取り上げたいと思います。

 

スナック

スナックは、主に女性がカウンター越しに接客する日本独特の飲食業です。

誕生したのは1960年代の高度経済成長期で、サラリーマンや自営業者が仕事終わりに飲んではしゃべり、ウサを晴らす格好の場として愛されてきました。

ほとんどのお店は小規模で、ママと呼ばれる女性経営者(雇われママの場合もありますが)と数人の女性が接客します。クラブとの違いは大雑把にいうと法律の問題です。あくまで軽いスナックとお酒を楽しむ場、という建前なので、飲食免許で開業することができます。クラブもスナックもホステスが客の横に座って接客することがありますが、スナックの場合、基本はカウンター越しに接客します。もし、ホステスの役割が一対一での接客メインになると風営法の規制対象になるので、営業場所や時間に制限が発生します。

多くの場合、クラブは男性が主な顧客ですが、スナックは男女問わないので、そこが最大の違いといえるかもしれません。

繁華街や温泉地など一部の特殊なエリアを除けば、スナックのお客さんは比較的狭い範囲の地元住民です。従業員は、常連さんの話を聞いたり、カラオケの相手を務めたりしながら、気さくであたたかいおもてなしを提供します。

スナックが最盛期だったのは1980年代と言われており、バブル崩壊後は店舗数が漸減していきました。また、近年は少子高齢化の影響で、スナックを利用する人たちの年齢層が高くなり、全体としては先細りの業態とみられています。

しかし、最近になって若者の間で流行る昭和レトロの一つとしてスナックブームが起こり、人が多く集まる繁華街などでは昔ながらのスナックが復権してきています。

また、地域社会の希薄化に伴い、住民の交流の場としてのスナックが見直されつつあります。団地などでは、町内会の肝いりで新規にスナックを開店し、孤立しがちな高齢者が気軽に遊べる場所として提供する流れも起こっています。

 

バー

バーは、バーテンダーと呼ばれる専門職人がカウンター越しにハードリカーやカクテル類を提供する飲食業態です。

戦前に欧米のバーを模倣する形で始まりましたが、やがてオーセンティック・バーのように日本独自の進化を遂げた形態も現れました。また、スポーツバーやダーツバー、あるいはジャズバーなど、なんらかの分野に特化して趣味と酒を楽しむための場を提供する形もあります。

スナックが会話中心の場としたら、バーは酒そのものを楽しむ場というイメージもあり、若い世代でも行きつけを持つ傾向があります。また、バーテンダーがしっかり目配りをする店ならば女性一人客でも利用しやすいこともあり、客層はスナックよりも広いといえます。

スナックやバーは飲食業の中では利益率が高いので、常連客さえつけば経営を安定させやすいでしょう。またスナックの場合は酒類の知識やバーテンダー的な技能は求められないため、他の飲食店に比べても開業のハードルは低いと思われます。

一人で回せるほどの小規模店であれば、利益率はさらに高くなるので、老後の経済的支えにするには十分な稼ぎを期待できます。

また、昔は夜のお店というと暴力団との関わりがリスク要因となりましたが、現在は取り締まりが厳しくなり、いわゆるみかじめ料などを要求すると即逮捕されるため、そうした心配はほとんどなくなりました。

一方、広告宣伝の方法が少ない業態なので、まったく顧客のあてがないままいきなり始めるのは少々難しいかもしれません。時には最初は客として来ていたのに、いつの間にかカウンター内の人になり、前の経営者から店を引き継ぐという形で始めることもあるようです。

 

<リアルな事情>

飲食業は比較的開業しやすくはありますが、その分長く続けるのが難しい業種です。一般的に開業後2年を超えられる店は半分程度といわれています。

スナックやバーも御多分に漏れず、軌道に乗せるのはなかなか大変です。しかしながら、シニア開業し、成功した例もなくはありません。

では、伸るか反るか、その運命の境目はどこにあるのでしょうか。

さて、もしあなたがお酒を飲む方ならば考えてみてください。

自分だったら、どんなスナックやバーで飲みたいか、と。

おしゃれな内装、素敵な音楽、好みの酒が揃っていること……理由はさまざまあるでしょうが、最終的にはやはり「居心地の良さ」が鍵になるのではないでしょうか。

一日の終わり、疲れ果てた心と体には、のんびり気のおけない時間が何よりのごちそうです。バーやスナックは、それを叶えるための場所といえるでしょう。つまり、大切なのは来店客にどこまでくつろぎを与えられるか、という点にありそうです。

では、どのようにすればくつろぎを提供できるのでしょうか。

 

お店が長続きする秘訣

今回は、新宿で半世紀近くも営業を続け、多くの常連客から愛されているスナック「雑魚寝」のマスター・水島文夫さんにそのコツを伺ってきました。

水島さんは今では押しも押されもせぬ大ベテランですが、店をオープンした時はまったくの飲食素人でした。ただし、元々劇団に所属されていたので、その人脈があれば集客には問題なかろうと考えていたといいます。つまり、開業時は飲食業特有のノウハウよりも自身の集客力を重視したわけです。

ただし、経営を安定させるには、お客さんのリピーター化が不可欠です。

では、どのようにしてリピーターを定着させていったのでしょうか。

一般的な飲食コンサルタントは、店のコンセプト設定やメニューの差別化などが生き残るための必須条件であると説明することが多いようです。

しかし、水島さんのお店は内装が特徴的なわけでも、珍しいお酒や肴を用意しているわけでもありません。そもそもお店があるのは、エレベーターがない小規模雑居ビルの四階という、スナックにはおよそ適さないロケーションです。

それでも数十年、客足が途絶えないのは、ただ「楽しく帰ってもらう」ことだけを念頭に営業してきたからだと言います。

特に意識していたわけではないそうですが、水島さんは来店客がどんなステイタスの人でも平等に接客してきました。場所柄、あるいは水島さん自身が劇団関係者でもあることから、時には有名な芸能人や斯界の大物が来店することもあるけれども、そんな時にも決して特別扱いはせず、他のお客さんたちと同じように座ってもらって、同じように話をします。

酒が入ると人間、本性が出てしまいがちですが、相手がどんな態度であってもそれをそのまま受け止める。そんな包容力が何より大事です。

スナックに飲みに来る時、人はその日一日のすべてを抱えてやってくる。

もしここで捨てていきたいものがあるならば捨てていけばいい。

そんな気持ちでカウンターに立つそうです。

ただし、他のお客さんに対して度を過ぎた無礼や、差別的な発言をした場合に限っては毅然と対応します。楽しい場を壊す、それどころか誰かを傷つけるような行為は絶対に容認しないことで店の秩序を維持するのです。

店の主人がそういう態度であれば、客側も自然と相席している人たちに対して気を使うようになります。お互い様の精神が知らずと醸成されるのでしょう。

店の歴史を振り返れば、こうした自身のやり方が長続きの秘訣だったのではないか、と今になって思うそうです。

つまるところ、小規模なスナックやバーはカウンター内から店を仕切る人の人間力がそのまま経営力になる、ということなのかもしれません。

人はシニア世代になるにつれ、穏やかで気が長くなるか、頑固で短気になるか、二手に分かれてくるように思います。もし前者のように変わりつつあるのであれば、スナックやバーを開店し、地域の人たちが安心して羽根を伸ばせるささやかな宿り木を作るのは、とても魅力的な選択になるのではないでしょうか。

 

【こんなタイプにぴったり】

人が好き

包容力がある

いざという時には筋を通せる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

人間関係のバランスを取るのが苦手

気遣いができない

短気

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第15回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑩-2──プレシニアの時期に、学び直しと人脈づくりで拓く「八士業」

<データ>

職業名 税理士、弁理士、土地家屋調査士、海事代理士

業種 第三次産業

仕事内容 資格取得者でなければ扱えない専門業務

就業形態 個人事業(個人事務所/法人所属)

想定年収 0円~1000万円

上限年齢 なし

必要資格 国家資格

必要技能 実務経験

 

<どんな内容>

前回に引き続き士業の解説です。今回は税理士、弁理士、土地家屋調査士、海事代理士の4つを取り上げます。

 

税理士

税理士は、個人や企業の税務に関する業務をサポートする仕事です。納税者であれば誰でもお世話になることがある仕事なので、八士業の中ではもっとも身近といえるかもしれません。仕事内容は主に税務書類とその資料の作成代行、税務相談、税務署への申告や納税の手続きを代理で行う税務代理です。また、税の知識を活用して経営コンサルティングを営む税理士もいます。

税理士になるには、税理士試験に合格する必要がありますが、受験資格は他と比べ少々ややこしくなっています。

まず、受験資格には「学識」「資格」「職歴」「認定」の4種類があり、このうちのいずれか1つでも満たせば受験資格が認められています。個々を説明すると長くなるので詳細は割愛しますが、2023年から諸条件が緩和され、以前に比べて受験しやすくなりました。その代わりに、試験内容は難しくなり、合格率は約4%という狭き門になっています。

なお、弁護士か公認会計士の資格を持っていれば税理士試験を受けなくても税に関する業務を行うことができます。また、税務署で23年以上勤務し、指定の研修を修了した人は無試験で税理士になれます。

試験内容は会計学に属する科目と税法に属する科目の11科目があり、科目ごとに試験が行われます。そして、5科目で合格点を取れば合格になります。一度合格した科目は永久に有効です。

また、試験に合格しても、税理士として協会に登録するには2年間の実務経験を求められます。一から始めるシニアにとっては少々ハードルが高いですが、在職中に会社内で経理部などに所属し会計事務を2年以上経験していれば、それも「実務経験」にカウントされるので、資格取得後すぐ税理士の看板を掲げることはできます。

 

弁理士

弁理士という職業は、一般的にはあまり馴染みがないかもしれません。しかし、情報化社会かつグローバル化が進む現代では、その重要性がどんどん増していくであろう仕事です。

弁理士は知的財産権の管理に関わります。

では、知的財産とは何でしょうか。2002年に公布された知的財産基本法には、①発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物等人間の創造的活動により生み出されるもの、②商標、商号その他事業活動に用いられる商品・役務を表示するもの及び、③営業秘密等事業活動に有用な技術上・営業上の情報と定められています。

つまり、苦労して生み出した商品価値のある知的財産(特許、実用新案、意匠、商標)を無断借用されないよう、少々くだけた言い方をするならばパクられないよう、国家が法に基づき保護しているわけです。とはいえ、アイデアが生まれたら即保護対象になるわけではありません。特許庁に申請する必要があります。さらに申請したからといってすべてが認められるわけではありません。「知的財産」と呼ぶにふさわしい新規性や独自性、また進歩性や産業上の利用可能性などを網羅的に判断した上で、要件を満たしていれば晴れて専有できる知的財産とみなされます。

弁理士はこの手続きを行うことができる国家資格です。さらに、登録後に権利侵害された場合の対策なども仕事のうちに入ります。法的紛争が発生した場合、代理人を務めることもあります。

弁理士試験は、受験資格に特段の制限はありません。また、弁護士や、特許庁で審判官/審査官として7年以上務めたキャリアの保持者は無試験でなれます。

試験の合格率は6%前後で、やはりなかなかの難関です。

弁理士の仕事はクライアントから出された案件に対し、まず同様の先例がないか調査するところから始まりますが、まったく知らない分野での調査はかなり骨が折れることでしょう。よって、現役時代に携わっていた分野に特化した弁理士を目指せば、比較的仕事を得やすいかもしれません。

 

土地家屋調査士

知的財産が無形のものなら、有形財産の筆頭格が不動産です。それに関わる職業に国家資格が求められるのは当然のことなのでしょう。土地家屋調査士は、クライアントが所有する土地や建物の登記申請をすることができます。

もちろん、申請だけが仕事ではありません。登記のためには土地の境界を確認し、明確にしなければなりません。ですので、その調査や測量も業務に含まれます。また、建物についても、新築や増築、さらに取壊しなど、何らかの変化があれば登記申請が必要で、これら手続も土地家屋調査士が行います。土地の筆界(登記上の区画線)に関する民事の法的紛争では、代理人を務めることもあります。

土地家屋調査士試験も受験資格に制限はありません。試験内容は測量知識の他、法務や登記実務、さらに面接での口頭試問もあります。なお、測量士、測量士補、一/二級建築士の資格があれば測量知識の試験は免除されます。

毎年の合格率はおおよそ10%前後。これもまた難しい試験なのでした。

土地家屋調査士は30代から40代の資格取得者が多く、個人事業主として活動する人も少なくありません。50代で資格を取り、開業することもまったく不可能ではないようです。しかし、やはり実務経験がないと難しいのも確かで、先輩調査士の事務所で補助者として経験を積んでから独立するコースが一般的であるようです。

 

海事代理士

おそらく、海運業の経験者でもないかぎり、あまりこの職業名を耳にすることはないかと思われます。登録者も行政書士が5万人ほどいるのに比べ、2千強と少数です。かなりのマイナー資格ですが、海に取り囲まれた日本のロジスティックにとってなくてはならない仕事です。

主な仕事は①船舶の登録/登記、②海上運送契約の締結/代理、③海上損害保険の代理で、これに関連する各種業務も行います。たとえば、海上事故の調査や立証、船員の雇用関係業務などです。

海事代理士試験も受験資格に制限はありません。試験内容は海事に関する法令の知識を問うもので、合格率は5割程度と高くなっています。また、公務員として海事事務に10年以上携わった経歴があれば、無試験で海事代理士として登録できます。

ただ、他の士業に比べると業務範囲が狭い分、需要も限られ、海事代理士だけで開業するケースは少ないようです。

 

<リアルな事情>

今回は前回より特殊性が高い士業を紹介しました。それだけにリタイア後のセカンドキャリアとして目指すのであれば、現役時代の経験がないと少々厳しいかもしれません。

また、すべての士業に共通するのは、それなりの人脈がなければ開業しても顧客開拓が難しい、という点です。

国家資格が必要になるほど公共性の高い業務を、まったく見ず知らずの新人に任せてくれるクライアントはそうそういないでしょう。よって、完全リタイア後に一から目指すのはあまり現実的ではないように思います。

しかし、40代ぐらいから将来を見据えて、実務に携わりつつ資格を取り、顧客候補に当たりをつけておくなどすれば、定年がなく、開業資金も少なくて済む士業は魅力的です。経験さえあれば50代でもまだまだ間に合います。

人生百年時代に入り、世代を問わず常にリスキリングしていくことが求められるようになった今、プレシニアの時期に学び直し、専門性を高めていくのは人生設計におけるスタンダードになっていくのかもしれません。

 

【こんなタイプにぴったり】

・試験勉強が苦にならない

・コミュニケーション能力が高い

・どんな分野であれ、問題解決に関わるのが好き

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・クライアントの意向を汲めない

・公共心がない

・知識をアップデートし続けるのが苦手

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第14回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑩-1──定年なし、国家資格者「八士業」への道

<データ>

職業名 弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士

業種 第三次産業

仕事内容 資格取得者でなければ扱えない専門業務

就業形態 個人事業(個人事務所/法人所属)

想定年収 0円~1500万円

上限年齢 なし

必要資格 国家資格

必要技能 実務経験

 

<どんな仕事?>

士業という言葉は耳にされたことがあると思います。

士業は、高度な専門知識と技能を必要とする職業の総称で、一般的には名称の末尾に「士」の字が付く職業を指します。その中でも、弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士、税理士、弁理士、土地家屋調査士、海事代理士の8業種は行政や司法に関わる国家資格なので、特に「八士業」と呼ばれています。

今回は「50歳から目指す八士業」がテーマです。

まずはそれぞれがどのような仕事なのか、一つ一つ確認していきましょう。

 

弁護士

弁護士は法曹三者の一つですが、公職である裁判官や検察官とは異なり、民間で法律の専門家として活動する職業です。その目的はたった一つ。「依頼者の利益を守る」ことです。どのような案件であれ、法律を駆使して依頼者の利益が最大になるように努めなければなりません。

法治国家である日本において、その役割の大きさは今更特筆するまでもないでしょう。法的文書作成や法令相談などの生活に密着する仕事もあれば、国民の耳目を集める刑事事件の被告人弁護や国家相手の訴訟まで、およそ弁護士が不要な分野はないものと思われます。

弁護士になるには司法試験に合格する必要があります。

司法試験を受験するには、法科大学院課程を修了するか、司法試験予備試験に合格する必要がありますが、どちらも受験資格を得た最初の4月1日から5年の間に合格しなければなりません。ただし、この要件を満たしていれば年齢制限はありません。

例年、合格率は50%を切る程度です。首尾よく合格すると司法修習生として1年ほどの研修を受け、しかる後に最後の試験である「司法修習生考試(二回試験)」に挑むことになります。そこで落ちなければ(不合格は1~2%だそうです)、晴れて日本弁護士連合会に弁護士登録し、弁護士と名乗ることができます。

このように、ただ学ぶだけでも数年かかる上、何段構えもの試験があります。1から目指すにはなかなか厳しい道です。

 

司法書士

司法書士は、法務局や裁判所、検察庁などに提出する公的書類の作成や手続きを代理で行います。不動産登記や商業登記はイメージしやすいと思いますが、他にも債務整理や財産の供託手続などの仕事があります。さらに、後半生ではいつお世話になるやも知れぬ相続登記や成年後見人業務も司法書士の業務の一部です。

司法書士になるには、司法書士試験に合格する必要がありますが、弁護士と違い学歴に由来する受験資格はなく、誰でも受験することができます。その代わり、といってはなんですが、合格率は約3%と大変な難関資格として知られています。また、合格後は必ず司法書士会が開催する新人研修を受講し、しかる後に日本司法書士会連合会に所属しなければなりません。合格後も大変そうですが、国民の財産や権利を守る仕事ですから、当然といえば当然なのでしょう。

 

行政書士

行政書士は、官公署に提出する書類の作成や手続きの代理を行う仕事です。営業許可などをはじめとする役所への許認可申請や定款変更などの企業法務が中心になりますが、相続手続きや外国人の在留資格申請、帰化申請なども業務範囲に入ります。また、成年後見人業務も範疇とします。

行政書士もまた行政書士試験に合格しなければなれません。受験資格は特になく、年齢、学歴、国籍等に関係なく誰でも受験できます。合格率は10%程度なので、やはりなかなかの難関です。また、公務員として行政事務に携わった人は、その期間が通算して20年以上(高卒者は17年以上)であれば無試験で行政書士になれます。また、弁護士、弁理士、公認会計士、税理士のいずれかの資格を有していれば、各都道府県の行政書士会に行政書士として登録することができます。また、弁護士や司法書士と違い、合格後に特別な研修を受ける必要はありません。シニアが目指す場合、一番アクセスしやすい士業ではあります。

 

社会保険労務士

社会保険労務士は、企業や個人の労務管理および社会保険の専門家です。社会保険は年々制度に変更や改変があるためにややこしくなる一方、さらに労務管理に関する法律も刻々と変化していきます。そのため企業としても専門家に頼る方が万事遺漏なくことを進められるとあって、今後も需要が増えると見込まれている職業です。

企業と契約すると、その労務関係業務のサポートをするのが主な仕事になります。助成金の申請や年金相談なども業務に含まれます。また、労務トラブルの相談や労働安全衛生に関するコンサルティングも行います。

資格試験を受験するためには、大学、短期大学、高等専門学校卒業などの学歴か、公務員もしくは労働社会保険諸法令の規定に基づき設立された法人で3年以上の勤務経験を持つ必要があります。また、弁護士資格を有していれば無試験で登録することができます。

合格率は7%弱と、やはりなかなかの狭き門です。ただし、合格者のうち20%弱は50歳以上だそうです。企業で長らくこうした分野の仕事に関わっていた人にはかなり現実的なセカンドキャリアの道といえるでしょう。

試験合格後は全国社会保険労務士会連合会に登録する必要がありますが、その際には2年以上の実務経験を求められます(合格前の経験も含まれます)。もしくは、この実務経験に代わる資格要件を満たすための、「事務指定講習」を受講する必要があります。ですので、まったくの未経験から必要なキャリアを積む場合、少なくとも3、4年以上の時間がかかる、ということになります。やはり、経験者のネクストステップ向きと思ったほうがよさそうです。

 

<リアルな事情>

現役時代にホワイトカラー労働者であった人が、リタイア後のセカンドキャリアとして士業を目指す例はそれほど珍しくありません。定年がなく、国家資格保持者としてのステイタスも期待できるので魅力的なのでしょう。

とは言え、さすがに50歳を過ぎて司法試験を目指す人はかなり珍しいと思われます。しかし、いないわけではありません。法務省が発表しているデータによると、これまでの最高齢合格者は2017年に合格した71歳の方だそうです。また、毎年のように60代後半で合格する人がいます。前述の通り、弁護士になるには受験資格を得てから5年の間に合格しないといけませんから、リタイア後に法科大学院などに入って勉強されたのでしょう。素晴らしいですね。

けれども、弁護士になったからといってすぐに世のイメージ通り“高給取りの弁護士先生”になれるわけではありません。弁護士事務所などに入って実務経験を積む必要があります。しかし、高齢者を見習いとして雇ってくれる事務所がどれほどあることか……。それでなくても近年弁護士の成り手が増え、若い人でも就職活動が大変だといいます。法律事務職員(パラリーガル)として長年勤めていたなど、特殊な事情がない限りやはりかなり厳しい道と言わざるを得ません。

司法書士、行政書士、社会保険労務士も同様です。ズブの素人が資格だけ取ったからといって、すぐに仕事につながるとは考えられません。

一方、現役時代に総務や人事、法務といった関連部署で仕事をしていた人であれば考慮する価値は十分あるでしょう。中には在職時から退職後を見越して資格だけ取得する人もいるようです。試験に一度合格すればその効力に期限はなく、各協会にはいつ登録してもよいからです。また、各業界で許認可関係の仕事に携わったことがあれば、行政書士の資格を得て経験業界に特化した営業をすることもできます。

会社員時代に得た経験を活かせるのであれば、キャリアのゴール地点として、またシニア起業として十分に現実的な道です。

 

たとえ合格しなくても

熟年に差し掛かってから新しいことを学ぶのは大変です。時間やお金を投資したのに結果を出せなかったらバカバカしいと考え、挑戦を躊躇する向きもあるでしょう。しかし、たとえ試験には合格できなかったとしても、生活に関連する法を学んでおくことは決して無意味ではないと私は考えています。なぜなら、老後のために知っておくべき制度や知識を得ることができるからです。

好例が成年後見制度です。

法的後見制度とは知的障害、精神障害、認知症などの理由で、判断能力に不安がある人たちを後見する制度です。老いれば誰もが認知症になる可能性がありますが、そんな時に当事者の生活を守るのが後見人の仕事です。

成年後見人になるための特別な資格は必要ありません。しかし、家族や肉親が後見人になるのは20%ぐらいにとどまるそうです。なぜなら、後見人になるには、それなりの能力が求められるからです。

後見人は家庭裁判所によって選任されますが、面談などを通じて家族が後見人になるのは難しいと判断された場合、司法書士や弁護士などから選ばれます。

この場合、報酬は、家庭裁判所が発生しうる業務量や被後見人の財政事情などを鑑みて決定します。月2万円程度のことが多いようですが、財産が多ければその管理が必要になってくるので、月6万円程度まで引き上げられることもあるようです。被後見人に支払い能力がないと判断されれば無料になりますが、普通に暮らしていけるだけの収入があれば月額は発生すると考えておいてよいでしょう。

しかし、もし家族の誰かが有資格者、あるいはそれに準ずるような知識があれば、家裁も認めてくれるでしょう。報酬金の節約になります。せこく感じるかもしれませんが、老後はなにが起こるかわかりません。節約は大事です。

それに、そもそも社会生活を送るにあたり、法や行政制度に関する知識は大きな武器になります。資格取得は最終目標として、勉強するだけでも十分意義があるのではないでしょうか。

 

※【こんなタイプにぴったり!】【こんなタイプはやめておいたほうが……】は、次回「その⑩-2」にまとめて記します!

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。

◀第13回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑨──年齢や性別に縛られずに活躍できる「YouTuber」

<データ>

職業名 YouTuber(InstagramerやTick Tockerなど他媒体も含む)

業種 第三次産業

仕事内容 YouTubeなどインターネット上の媒体にコンテンツを公開して収益を得る

就業形態 個人事業

想定年収 0円~3億円

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 IT機器の知識、コンテンツ力

 

<どんな仕事?>

動画サイトYouTubeに自家製動画をアップし、世界中の人に閲覧してもらって広告収入を得るYouTuber。これが職業として認められるようになったのはごく近年のことです。ですが、今はもう税務申告で「YouTuber」と書いても通るそうです。

それを反映するように、YouTubeやYouTuberについて特段の説明をする必要もなくなってきました。高齢者にも視聴者が増えているとい言います。それどころか、発信者も少なくありません。InstagramやTick Tockも同様です。これらはすでに「第三のメディア」として定着したと考えてもよいでしょう。

YouTuber(以下、Instagramer/Tick Tockerも含むとお考え下さい)は、オリジナルの動画コンテンツを企画・制作し、YouTubeを通じて世界中の人々と共有するクリエイターです。動画の内容は、生活に密着したノウハウものから個人の生活記録、~してみた系、ゲーム実況などなど多岐にわたります。映像コンテンツにできるものならすべてが対象になると言っても過言ではありません。

極端に言えば、何かを撮影し、動画サイトにアップすれば、誰でも即座にYouTuberなのです。

ただし、コンテンツをアップしても即座に収益が得られるわけではありません。

収益化するにはYouTubeパートナープログラムに加入しなければならず、そのためには下記の条件を満たす必要があります(2024年5月現在)。

1.チャンネル登録者数:500人以上

2.直近12ヶ月間の公開動画の総再生時間:3,000時間以上

3.公開動画が3本以上

4.YouTubeの収益化ポリシー・ガイドを遵守している

 

無事にパートナーに認定されたら、主に以下の方法で収益を得られるようになります。

1.広告収入

動画再生時に画面表示される広告掲載で得られる収益。広告の種類や再生数、視聴者の属性などによって1再生あたりの単価が決まります。

2.投げ銭

生動画配信すると、その最中に視聴者から投げ銭と呼ばれるチップを得ることができます。

3チャンネルメンバーシップ

チャンネルメンバーシップとは、自分が運営するチャンネルのファンクラブのようなものです。メンバーになってくれた視聴者から月額料金を徴収します。メンバーには、メンバー限定動画や特典などを提供して対価とします。

4.アフィリエイト

動画内で商品やサービスを紹介し、その動画で紹介されたURL経由で購入された数に伴い、報酬が発生する仕組みを使って収益をあげます。

収益は、YouTube側が一定の割合を差し引いた上で、YouTuberに支払われます。つまり、YouTuberとは基本的には歩合制の仕事であると思えば間違いないでしょう。

人気YouTuberともなれば、テレビタレント顔負けの知名度を得ることができます。そうなると企業から商品紹介動画の作成を依頼されるケースも出てきます。この場合、企業から宣伝費が支払われます。

 

<リアルな事情>

YouTuberになるためには特別な資格など必要ありません。もっと言うなら、特技も不要です。ただあくびをして伸びをするだけの動画でも、それを面白いと思う人間が多ければたちまちバズる世の中です。

しかし、収益を得られるほどのYouTuberになろうとすると話は違ってきます。やはり「多くの人が、また見たい、何度も見たいと思うような動画」を制作する才覚が必要になります。

そこをクリアし、先述したYouTubeパートナープログラムに加入できるほどの登録者を得られたという前提で月30万円、1日あたり1万円をYouTubeで稼ごうとすると、下記のような試算になります。

動画の広告収入は1回の広告視聴単価✕動画の再生回数で計算されます。

動画再生で得られるのは1再生あたり0.1~1円前後ですが0.2円程度が平均値であるようです。

また、登録者の平均視聴率は30%、広告のクリック率2%とされています。

回数×単価が、即取り分になるわけでもありません。YouTube側が取る手数料があるからです。

これらを元にして計算すると1日につき8000回以上再生されなければ、目標額に至りません。チャンネル登録者が3万人規模でないと達成するのは容易ではないでしょう。

現在、日本でもっとも人気があるYouTuberはチャンネル登録者数が1000万人以上、中には3000万人に手が届くほどの人もいます。さらに海外に目を向けると億単位の登録者数を誇るYouTuberさえいます。このレベルになれば動画配信だけで億円単位で稼げるようになります。

けれども、これほどの人気を得ている=稼げているのはごくごく少数です。すべてのYouTubeチャンネルの中で、100万人以上の登録者数を誇るメガチャンネルは0.4%程度とみられています。平均的な登録者数は数百程度、さらに100人未満のチャンネルが約80%にのぼります。

つまり、インフルエンサー(ソーシャルメディアやインターネット上で、特定の分野において影響力を持つ個人)と呼ばれるほどたくさんの人々に見てもらえる人はごく一握りなのです。どんな世界であれ突出するのはごく一部、なのですね。

しかし、年齢や性別に縛られず活躍しやすい環境であることは間違いありません。

実際に高齢者でもYouTuberとして活躍している人たちはたくさんいます。

たとえば、おじいちゃん先生の愛称で知られる柴崎春通(しばさき はるみち)さん(76歳)の「Watercolor by Shibasaki」。2017年に開設されたこのチャンネルは水彩画の描き方をメインコンテンツにしていますが、チャンネル登録者数 はなんと180万人もいます。さらにTick Tockで100万人超、他のSNSでも10万人単位のフォロワーがいる文字通りのインフルエンサーです。

柴崎さんはもともとプロの絵画講師で、文化庁派遣芸術家在外研究員として渡米されたこともあるような方です。つまり元々斯界の名士ともいえる方だったわけですが、動画で人気が出たのはそれが理由ではありません。

色鉛筆やクレヨンといった誰でも手に入れやすい画材を使って素晴らしい絵を描き上げる過程を、時には雑談を交えながらの優しい語り口で見せる画面づくりが「癒やされる」として人気を得たのです。

ジャンルとしてはハウツーあるいはテクニック集系動画になるのでしょうが、技術だけでなく人柄やプレゼンテーション力が物を言うのがYouTubeの世界です。また、視聴者から寄せられた絵を添削するコーナーなども設けることで登録者と交流するコンテンツも設けているのが人気の秘訣でしょう。

「Watercolor by Shibasaki」 https://www.youtube.com/@WatercolorbyShibasaki

こうした人気チャンネルを多数閲覧してみてコツを勉強してみるといいかもしれません。ただし、単なる模倣では視聴者は振り向いてくれません。やはり個性が大事です。

 

収益を度外視するなら?

では、柴崎さんのように発信するに足るスキルを持っていなければYouTuberにはなれないのでしょうか。いえ、そういうわけでもありません。

本来、YouTubeとは個人が気軽に情報発信をするためのツールでした。あくまで趣味の延長線として考え、さほど収益にこだわらないのであれば、気軽に挑戦できます。スマートフォンの動画撮影機能とYouTubeへのアップロード方法さえ知っていればOK。スマホなんて使えない! というなら、撮影とアップロードは家族や知人にお願いする、なんていう手もあります。

高齢者YouTuberには、普段の生活をそのまま発信するだけで人気になっている方々もいます。彼らは特段大仰なポーズをとったり、特別おもしろいことを言ったりするわけではありません。むしろ自然な振る舞いが、視聴者にほっとした時間を与えるのです。

また、ハウツー系は、特別な技能がなくても、長年の暮らしの中で培ってきた「おばあちゃんの知恵袋」的ノウハウを披露するだけでも成り立ちます。箒とハタキだけを使う掃除手順やそうめんの美味しい茹で方などなど、「こんなこと、わざわざ見る人がいるの?」と思うような内容でも案外人気があります。おそらく、今どきの人は誰かに教えてもらうより、動画などで知りたい情報だけ見るほうが「タイムコスパがよい」と考えるのでしょう。

そうした実利に加え、発信者の人柄が垣間見えるようなもの、あるいは見ていて心地よい画面づくりであれば、うまくいけばファンを得ることができます。プラスアルファとして、「田舎暮らし」「団地暮らし」「都心暮らし」などなんらかの特徴を出せれば、一つのライフスタイル提案としてコンテンツに付加価値を与えることができでしょう。

もし動画が難しくても、静止画が撮れればInstagramerになれます。

もっとも重要なのはプレゼンテーション力。それも、素人らしい自然で親しみやすい雰囲気がある方が、人気が出る傾向にあるようです。

 

注意すべき点

市井の人々の生活をドキュメンタリー的に発信するのは既存メディアでもよくあった手法です。しかし、自分で自身をコンテンツ化し、世界に発信するという形式はやはりインターネットの発展なくしてはありえませんでした。

つまり、分野の歴史としてはまだまだ浅く、その分リスク管理のノウハウがきっちり確立されていないきらいがあります。

まず気をつけないといけないのは、登録者数や閲覧数を意識するばかりに内容が過激化することです。高齢者の場合、年の功でそうした心配はないと思われがちですが、自分の意見を発信するタイプの動画の場合、登録者の気に入るようなことを言おうとするあまりエコーチェンバー現象に陥り、過激思想や陰謀論にはまってしまう可能性があります。

また、生活系コンテンツの場合は、生活場所を特定されないように気をつける必要があります。犯罪から身を守るためです。こうした危機管理はやはり事前に学んでおくべきでしょう。

しかし、そこさえしっかりできれば、自分でコンテンツを作り、それを発表し、多くの人に観てもらうというのは楽しく、生きがいになるものです。人目を意識すると生活にも張りが出て、老化防止につながることでしょう。

YouTuberになるには、さほど費用もかかりません。いつ始めても、いつ止めても自由です。気楽にやってみるのもいいのではないでしょうか。

 

【こんなタイプにぴったり!】

・自己表現することが好き

・何かを伝えたい熱意がある

・社会通念をわきまえていて、そこから逸脱することはない

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

・強迫概念を持ちやすい

・極度のお調子者

・コンプライアンス意識が低い

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。