◀第3回▶「最低でも70歳まで働け」と言われても……はてさてどうする?

前回は「高齢社会対策基本法」を読むことで、国が長寿社会に対してどのようなスタンスを取ろうとしているのかを確認しました。その結果浮かび上がってきたのは「老人といえどものんびり隠居なんかさせない。ギリギリまで働いて自立してもらう」という鬼のような理念でした。

もしのんびり隠居したかったら自己責任で財産形成しろ、それができないなら死ぬまで働け。

これが国の本音なのでしょう。

まっぴら御免被る! と突っぱねたくなります。しかし、現実のデータ推移を見る限り、国もこうせざるを得ないのはわかります。残念ながら、“失われた30年”でそれほどまでに国力が衰えてしまいました。

どうあがいても、私たちは衰退国家で年老いていかなければなりません。

覚悟を決めましょう。納得いかないことは数あれど、ひとまず腹をくくりましょう。何がどうであれ、今いる場所で生きていかなければならないのですから。

 

正規雇用の人は継続雇用、でも非正規は?

さて、「高齢社会対策基本法」成立以降、法の理念に基づいて、高齢者が就労/就業するための環境が整えられてきました。

現在の日本で最大の人口ボリュームゾーンである団塊の世代、つまり昭和22年から昭和25年に生まれた人たちが全員75歳以上の後期高齢者となる2025年は一つの分水嶺になります。なにせ国民の約5人に1人が後期高齢者、そして約3人に1人が65歳以上という驚きの時代になるのですから。

それがあと2年後にせまった今、時間はほとんど残っていません。急ピッチで「まだ働けるなら何歳だろうと働いてもらう社会」の実現が図られています。

その対策の一つが「高年齢者雇用安定法」の改正でした。令和3年の改正によって、これまで努力義務だった65歳までの雇用確保が義務となり、継続雇用制度の努力義務も上限が70歳に引き上げられました。

でも、なぜ70歳なのでしょう?

これはあくまで私見ですが、現在の健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)の平均が男性で72歳、女性で75歳ぐらいなので、企業が戦力にしうるのはそのあたりが限界と判断されたのでしょう。

しかし、すでにお気づきかと思いますが、定年云々は正規雇用で働いている人しか関係ありません。

現時点では60代女性の就業者のうち、正社員は約20パーセント、50代でも40パーセント程度とされています。ですので、正規雇用でない過半数は、今回の法改正から受けられる恩恵はありません。(なお『顧問』や『相談役』なんて肩書で会社や関連会社に残れる方ははじめから読者対象外です。あしからず)

雇用改革と同時に年金改革も進み、支給開始年齢を遅らせる「繰り下げ受給」の上限が70歳から75歳に引き上げられました。「繰り下げ受給」とは、年金受給を開始する年齢を遅くすればするほどひと月分を増額しますよ、という制度です。

もし、75歳まで受給しなければ、月額は最大で84パーセント増えることになります。国民年金が月6万円しかない場合でも、75歳まで我慢すれば月11万円になるわけですね。逆に繰り上げて60歳からもらおうとすると最大25~30パーセントも減額されます。こういうところにも「隠居させたくないお気持ち」がよく表れています。増額はインセンティブかもしれませんが、減額は罰みたいなものですから。支給総額で均されるという人もいますが、インセンティブを期待して75歳まで耐えたのに明日が誕生日という日に死んじゃうかもしれません。そんな賭けみたいなこと、私はあまりしたくありません。

でも、制度はそうなってしまっているわけで、どちらを選ぶかは自分次第、なのでしょう。

 

経験を活かすか、未経験に飛び込むか

どうでしょうか。

富裕層以外は高齢者になってもまだまだ働かなければならない社会になったことはご理解いただけたでしょうか。

つまり、今後は高齢者でも求職するのが当たり前、ということになります。

でも、闇雲に探すだけではアンマッチになるでしょう。第一回で本連載の趣旨を「50歳以上の『老後の稼ぎ方』に焦点をあてつつ、『自分に合った未来/なりたい自分』を見つける」としたのは、まさにこれが理由です。

働き口を探すためには、まずは自分がどんな風に働きたいのか/働かなくてはいけないのかを明らかにしなければなりません。

というわけで、私のケースに戻ります。

第一回で検討した通り、私は最低でも月11万円は稼がなければなりません。15万円ぐらいあれば若干の余裕は生まれそうです。

もし、今のペースで物書き仕事を続けていけるならば、このぐらいの金額ならなんとかなるでしょう。しかし、年を取れば取るほど受注量が漸減していく蓋然性は相当高い。ライターを取り巻く環境は年々厳しくなるばかりだからです。よって、専業ライターから兼業に移行することも視界にいれなければなりません。ならば、ライターの仕事がある間はこれを柱にしつつ、足りない分を非正規雇用か別の業態の仕事を並走することで補っていくことになるのでしょう。

しかし、高齢になって新しく一から始められる仕事なんてあるのでしょうか。

50代からなにか新しい仕事を始めるとすると、方法は二つあります。

起業するか、被雇用者になるか、です。

シェークスピア風に言えば、“To be employed, or to start your own business, that is the question.”ってなところでしょうか。

なぜ突然シェークスピア風? と思われたかもしれませんね。いえなに、ちょっと言ってみたかっただけですので、どうぞお気になさらず。

……え~、えへん。気を取り直し、話を進めます。

もっとも手っ取り早いのは、経験を活かした仕事に就くことです。

私の場合、20代で小売店の販売員(店長含む)、経理事務、オープン系システムのプログラマ、30代で飲食や小売の経営分析関係の仕事などをした経験があります。その他、アルバイトでライブハウスのスタッフ、書店員、テレフォンアポインターなどもしたことがあります。

ふむ。自分で言うのもなんですが、こうして見ると職業の選択に一貫性がありません。見事にバラバラです。迷走ばかりの生涯を送って来ました。

とはいえ、迷走がマイナスだったかというとそうでもありません。

物販から飲食まで幅広く接客業を経験したことで「世の中いろんな人がいる」というのを実感しました。店長職や経理の仕事では企業内でのヒト・モノ・カネの動きを実地で学びました。経営分析の仕事では、ヒト・モノ・カネがどんな理屈で動かされているのかを実見しました。また、プログラマ時代には、業務フローの分析手法やシステムへの落とし込み方を習得しました。

一つ一つの従事期間が短いのですべて触りを覚えた程度ですが、それぞれの経験が玉突きのように次の仕事に繋がり、結果的には人生の幅を広げてくれたので、私としては「無駄は一つもなかった」と胸を張って言えます。ライターになってからだって、すべての経験が貴重な糧になりました。

しかしながら、「高齢になってからする仕事」を前提にすれば、どの経験が役立ちそうでしょうか。

今のところ起業はハードルが高そうなので、ひとまず被雇用者になる前提で検討します。

まず、経営分析系の仕事ですが、これはもうきっぱり無理です。当時やっていたのはアシスタントレベルの業務なので、箸にも棒にもかかりません。しかも、得たはずの知識だって、20年以上経った今ほぼ何も残っていない上に、残っていたところで21世紀のビジネスで通用するとも思えません。よって、この線は最初からないものとします。

経理事務も然り、です。今は経理ソフトなどを使うのが一般的なのでオペレーターレベルならやれるでしょうが、その手の事務仕事に高齢者を採用する雇用者がいるとは思えません。縁故ならともかく、一般募集ではまずないでしょう。

その点、接客の仕事は比較的見つけやすいと思われます。特にファストフードや飲食チェーン店は、昨今の人手不足のあおりを受け、高齢者雇用に積極的な企業も出てきています。コンビニエンスストアも高齢者雇用に寛容です。

もし応募し、無事雇われたとして、「接客」自体にはさほど不安はありません。また、ポスレジやハンディターミナルなどの機器にも苦手意識はありません。むしろ未知の機械を触るのは好きな方です。使いこなせるかどうかは別として、ですが。

一方、自信がないのは体力です。店員をしていた頃は何時間も立ちっぱなしが当たり前でしたが、それができるだけの足腰もありました。まだ若かったですから。でも、今はどうでしょう。

つい先日、三時間ほど立ちっぱなしになる機会があったのですが、かなり足腰の痛みやしびれを感じましたし、翌日にも疲れをひっぱりました。よって、連日数時間の立ちっぱなしはかなり辛そうです。慣れれば必要な筋力も若干戻るかもしれませんが、大きな不安要素ではあります。

次にプログラマ。求人の多い業界です。しかし、現在の技術についていけるかというと、私のレベルでは難しいところです。需要が高いJavaやPython(*1)のサンプルコードを読むと、何をやっているかはなんとなくわかるものの、書けと言われたら無理です。というか、昔やっていた言語でもすぐには書けません。近頃流行りのリスキリング(*2)をやればなんとかなるかもしれませんが、稼げるほどになるまでには時間がかかりそうです。それに、そもそも雇用されるとなるとやっぱり若い人優先でしょうし、ブランクが長い、あるいは未経験に近い高齢者では難しいでしょう。

こうしてみると、やはり経験だけで後半人生の仕事を選ぶのは難しそう。ですので、次回は「中高年と高齢者のお仕事事情」をチェックしていきたいと思います。

*1 コンピューター専門の言語=「プログラミング言語」の種類。
*2 新たな知識やスキルを学ぶこと。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。