◀第1回▶ 「人生百年」が現実に。喜ぶべきか、憂うべきか。

今月から「50歳からのハローワーク」と題するエッセイを連載することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、このタイトル、一見して既視感を覚えられた方もいらっしゃるかと思います。

今からもう20年も前、2003年に芥川賞作家の村上龍さんが『13歳のハローワーク』という本をお出しになりました。

これから大人になっていく思春期の少年少女に向けて、無数にある職業の数々を具体的に解説し、「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけてもらおうとする内容で、たいへんなベストセラーになりました。

当エッセイは、そんな素敵な本にあやかり、50歳以上の皆さんを対象に、「老後の稼ぎ方」に焦点をあてつつ「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけるお手伝いをしたい、と願って書かれています。

……いえ、嘘はいけませんね。

本当は私が「老後の稼ぎ方」に焦点をあてつつ「自分に合った未来/なりたい自分」を見つけたいのです。

あら、50歳にもなってまだ自分探し? と思われたかもしれません。

確かに、私たちが子供だった頃……昭和の時代には50歳といえばそろそろ人生も終盤。還暦を過ぎたら社会の一線からは外れて余生を過ごすモードに入るのが当たり前でした。

しかし、時代は変わりました。

変わってしまったのです。

今や50歳は単なる人生の折返し地点に過ぎなくなってしまいました。

近頃、人生百年時代、なんていう言葉を目にする機会が増えましたね。

この言葉、長寿社会を象徴的に「百年」と表現しているだけではありません。日本は本当に「人生が百年続く時代」に入りつつあるのです。少なくとも、今の50代60代にとって“百歳まで生きる”は夢物語ではありません。十分あり得る、現実的な話です。この点をしっかりと脳に焼き付けておかないと、50歳を過ぎてから「自分に合った未来/なりたい自分」を探すなんて話はバカバカしく見えるでしょう。

ですので、最初の4回ほどは「21世紀に老人として生きるリアル」を確かめていこうと思います。

 

半世紀前の「余生」は15~25年

さて、その昔……今の50代60代が子供だった半世紀ほど前、日本人の平均寿命は女性が約75歳、男性が約70歳でした。ただし、もっとも死亡数が多くなるピーク年齢はだいたい平均寿命に4~5歳を足したぐらいなので、女性は80歳、男性は75歳前後で亡くなる人が多かったとみられます。

当時はちょうど社会全体が55歳定年制から60歳定年制に移り変わろうとしていた時代でした。ですので、サラリーマン男性の多くは15年から20年の「余生」があったでしょう。

一方、女性は学校卒業後、“家事手伝い”なる謎の身分に落ち着く人もたくさんいました。今だとニートに分類されてしまうでしょう。いやはや、世は変わったものです。

就職する人ももちろんいました。ですが、20代を半ばも過ぎれば結婚退職するか、会社から早期退職を求められました。中には女性のみ35歳定年制という信じられないような会社もありました。それは極端としても、女性は50歳定年とする会社が一般的だったようです。

なお、専業主婦率が高かった時代ではあったものの、女性の就業率そのものは4割程度ありました。しかし非正規がほとんど。ですので、男性のように「定年」を経験する女性は数少なかったでしょう。

多くの女性にとっては子育ての終了がひとつの区切りとなり、子供が独立した後が「余生」と感じられたのかもしれません。あるいは、夫の定年を以て自分も余生に入ったとみなした女性もいたでしょう。

そのように仮定すると当時の女性の「余生」は男性より長めの25年程度ということになります。

15年から25年の余生。決して短くはありません。しかし今と比べて退職金や年金支給額は多く、一方で物価はまだ安く、消費税はなく、社会保険料も今ほど高くなかった時代です。さらに核家族化もさほど進んでいなかったので、家族の平均像はサザエさん型の同居世帯でした。つまり、老後の世話をしてくれる人が誰かいる状態です。よって、老後生活がとても心配、という人は今よりはかなり少なかったでしょう。

 

90代まで生きるのが当り前の時代へ

しかし、半世紀の年月が流れ、状況は激変しました。

2023年の最新データによると、現在の日本人の平均寿命は女性が87.09歳、男性が81.05歳です。さらに40年後の未来、2060年には女性91.26年、男性85.22年に達すると見られています。今50歳ぐらいの人は平均余命が40歳はある、ということになります。

しかも、この数値は「平均」です。前述した通り、死亡ピークは平均寿命に4~5歳を足したぐらい。つまり、女性は95歳ぐらい、男性は90歳ぐらいまで当たり前のように生きることになるのです。「人生百年時代」は決して単なる比喩ではなかったのですね。

人生百年。

こう聞いて、どう思われるでしょうか?

百歳まで長生きできるなんて素敵! と心躍りますか?

それとも、そこまで生きるのって大変そう……とちょっと尻込みするでしょうか。

今52歳の私はというと、後者よりもっとネガティブで、「百年も生きなきゃいけないなんてうんざりする」というのが正直なところです。本当にそうなら、ようやく折り返しを過ぎたばかりになります。これまで生きてきたのと同じだけの時間をもう一度歩んでいかなければならないと思うと、手放しで喜ぶ気になれません。

もちろん、私だって十代の記憶力や体力、二十代のお肌、三十代の行動力、四十代の判断力や実行力を百歳まで保ったまま生きられるのであればやぶさかではありません。

しかし、人はどんどん老化します。つまり、心身ともに衰えていくのを覚悟しなければなりません。最近の老人がいくら昔よりは“若い”って言ったって、老化のスピードが少し緩やかになっているだけ。若返るわけではないのです。

しかし、それより心に重くのしかかるのが「経済問題」です。

寿命が長くなれば、老後資金もたくさん必要になります。

では、いくらあれば安心なのでしょうか?

これは個々の事情によって大きく異なるので、ひとまず私自身をモデルケースにして、必要な額を考えたいと思います。

 

公的年金だけで「余生」を生きるのはムリ!

私の生業は文筆業、今どきの言葉だとフリーランス・ライターです。ですので、定年退職という概念はありません。やりたければ何歳でもやっていられます。しかし、よほどの人気ライターでもない限り、いえ、よほどの人気ライターでも年をとるにつれ仕事は減っていきます。

先輩ライターの事情を眺めていると、今のところ60歳ぐらいがひとつの壁になっているようです。頑張れば65歳ぐらいまで同じ仕事をすることは可能かもしれませんが、貯蓄をする余裕などはなくなるでしょう。

ですので、普通のサラリーマンと同じく、定年60歳雇用延長65歳とみなすことにいたします。

では、まず支出金額から見ていきましょう。

私は持ち家がないので、借家の家賃が必須です。次に医療費や介護保険料を加えた上で、今後のインフレなども勘案すると、生活費としては月に18万円から20万円を見ておいたほうがよさそうです。まあ頑張って倹約するとして、ひとまず18万円にしておきましょう。

収入はどうでしょうか。年金は今のところ月額8万円弱といったところです。

令和2(2020)年度の国民年金平均支給額は月額56,252円です。私の場合、35歳まで会社勤めをしていたので厚生年金に加入していた期間があり、国民年金だけよりは少し多めにあるはずなのですが、将来的に月額が減らされる可能性が大きくあります。よって、手堅く7万円ということにしておきましょう。

ということは、65歳以後は毎月11万円も赤字が出ることになります。年換算すると132万円。この赤字分を貯蓄で補うとしたら一体どれぐらい必要になるのでしょうか。

もし人生百年時代を地でいってしまったとしましょう。

すると、余命は35年です。35年間、貯蓄だけで赤字補填しようとすると4620万円必要になります。

4620万円!

自分で計算しておいてなんですが、今とってもびっくりしています。

4620万円!

あまりに驚きすぎたので2度書いてしまいましたが、そんな大金、65歳までに全額用意しておくなんて到底無理です! 現時点で、老後資金として公的年金だけを頼りにしていては到底生きていけないのが確定しました。

さて、ここまでお読みになって、他人事と思われたでしょうか。それとも自分もそうなるかも……と心配になられたでしょうか。

実はこの数字、私の個人的な危機ではありません。

調べるうちに、これから老後を迎える女性の半数近くが、程度の大小はあれ、同じような境遇になりそうなことがわかってきました。

次回は、そのことについて触れたいと思います。

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。