◀第16回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑪──人間力がそのまま経営力になる「スナック/バー」

<データ>

職業名 小規模スナック経営者/バー経営者

業種 第三次産業

仕事内容 夜間を主とする酒類と娯楽の場の提供

就業形態 個人事業、法人経営

想定年収 0円~800万円

上限年齢 なし

必要資格 なし

必要技能 なし

 

<どんな内容>

今回は日本の飲食業におけるスナックとバーを取り上げたいと思います。

 

スナック

スナックは、主に女性がカウンター越しに接客する日本独特の飲食業です。

誕生したのは1960年代の高度経済成長期で、サラリーマンや自営業者が仕事終わりに飲んではしゃべり、ウサを晴らす格好の場として愛されてきました。

ほとんどのお店は小規模で、ママと呼ばれる女性経営者(雇われママの場合もありますが)と数人の女性が接客します。クラブとの違いは大雑把にいうと法律の問題です。あくまで軽いスナックとお酒を楽しむ場、という建前なので、飲食免許で開業することができます。クラブもスナックもホステスが客の横に座って接客することがありますが、スナックの場合、基本はカウンター越しに接客します。もし、ホステスの役割が一対一での接客メインになると風営法の規制対象になるので、営業場所や時間に制限が発生します。

多くの場合、クラブは男性が主な顧客ですが、スナックは男女問わないので、そこが最大の違いといえるかもしれません。

繁華街や温泉地など一部の特殊なエリアを除けば、スナックのお客さんは比較的狭い範囲の地元住民です。従業員は、常連さんの話を聞いたり、カラオケの相手を務めたりしながら、気さくであたたかいおもてなしを提供します。

スナックが最盛期だったのは1980年代と言われており、バブル崩壊後は店舗数が漸減していきました。また、近年は少子高齢化の影響で、スナックを利用する人たちの年齢層が高くなり、全体としては先細りの業態とみられています。

しかし、最近になって若者の間で流行る昭和レトロの一つとしてスナックブームが起こり、人が多く集まる繁華街などでは昔ながらのスナックが復権してきています。

また、地域社会の希薄化に伴い、住民の交流の場としてのスナックが見直されつつあります。団地などでは、町内会の肝いりで新規にスナックを開店し、孤立しがちな高齢者が気軽に遊べる場所として提供する流れも起こっています。

 

バー

バーは、バーテンダーと呼ばれる専門職人がカウンター越しにハードリカーやカクテル類を提供する飲食業態です。

戦前に欧米のバーを模倣する形で始まりましたが、やがてオーセンティック・バーのように日本独自の進化を遂げた形態も現れました。また、スポーツバーやダーツバー、あるいはジャズバーなど、なんらかの分野に特化して趣味と酒を楽しむための場を提供する形もあります。

スナックが会話中心の場としたら、バーは酒そのものを楽しむ場というイメージもあり、若い世代でも行きつけを持つ傾向があります。また、バーテンダーがしっかり目配りをする店ならば女性一人客でも利用しやすいこともあり、客層はスナックよりも広いといえます。

スナックやバーは飲食業の中では利益率が高いので、常連客さえつけば経営を安定させやすいでしょう。またスナックの場合は酒類の知識やバーテンダー的な技能は求められないため、他の飲食店に比べても開業のハードルは低いと思われます。

一人で回せるほどの小規模店であれば、利益率はさらに高くなるので、老後の経済的支えにするには十分な稼ぎを期待できます。

また、昔は夜のお店というと暴力団との関わりがリスク要因となりましたが、現在は取り締まりが厳しくなり、いわゆるみかじめ料などを要求すると即逮捕されるため、そうした心配はほとんどなくなりました。

一方、広告宣伝の方法が少ない業態なので、まったく顧客のあてがないままいきなり始めるのは少々難しいかもしれません。時には最初は客として来ていたのに、いつの間にかカウンター内の人になり、前の経営者から店を引き継ぐという形で始めることもあるようです。

 

<リアルな事情>

飲食業は比較的開業しやすくはありますが、その分長く続けるのが難しい業種です。一般的に開業後2年を超えられる店は半分程度といわれています。

スナックやバーも御多分に漏れず、軌道に乗せるのはなかなか大変です。しかしながら、シニア開業し、成功した例もなくはありません。

では、伸るか反るか、その運命の境目はどこにあるのでしょうか。

さて、もしあなたがお酒を飲む方ならば考えてみてください。

自分だったら、どんなスナックやバーで飲みたいか、と。

おしゃれな内装、素敵な音楽、好みの酒が揃っていること……理由はさまざまあるでしょうが、最終的にはやはり「居心地の良さ」が鍵になるのではないでしょうか。

一日の終わり、疲れ果てた心と体には、のんびり気のおけない時間が何よりのごちそうです。バーやスナックは、それを叶えるための場所といえるでしょう。つまり、大切なのは来店客にどこまでくつろぎを与えられるか、という点にありそうです。

では、どのようにすればくつろぎを提供できるのでしょうか。

 

お店が長続きする秘訣

今回は、新宿で半世紀近くも営業を続け、多くの常連客から愛されているスナック「雑魚寝」のマスター・水島文夫さんにそのコツを伺ってきました。

水島さんは今では押しも押されもせぬ大ベテランですが、店をオープンした時はまったくの飲食素人でした。ただし、元々劇団に所属されていたので、その人脈があれば集客には問題なかろうと考えていたといいます。つまり、開業時は飲食業特有のノウハウよりも自身の集客力を重視したわけです。

ただし、経営を安定させるには、お客さんのリピーター化が不可欠です。

では、どのようにしてリピーターを定着させていったのでしょうか。

一般的な飲食コンサルタントは、店のコンセプト設定やメニューの差別化などが生き残るための必須条件であると説明することが多いようです。

しかし、水島さんのお店は内装が特徴的なわけでも、珍しいお酒や肴を用意しているわけでもありません。そもそもお店があるのは、エレベーターがない小規模雑居ビルの四階という、スナックにはおよそ適さないロケーションです。

それでも数十年、客足が途絶えないのは、ただ「楽しく帰ってもらう」ことだけを念頭に営業してきたからだと言います。

特に意識していたわけではないそうですが、水島さんは来店客がどんなステイタスの人でも平等に接客してきました。場所柄、あるいは水島さん自身が劇団関係者でもあることから、時には有名な芸能人や斯界の大物が来店することもあるけれども、そんな時にも決して特別扱いはせず、他のお客さんたちと同じように座ってもらって、同じように話をします。

酒が入ると人間、本性が出てしまいがちですが、相手がどんな態度であってもそれをそのまま受け止める。そんな包容力が何より大事です。

スナックに飲みに来る時、人はその日一日のすべてを抱えてやってくる。

もしここで捨てていきたいものがあるならば捨てていけばいい。

そんな気持ちでカウンターに立つそうです。

ただし、他のお客さんに対して度を過ぎた無礼や、差別的な発言をした場合に限っては毅然と対応します。楽しい場を壊す、それどころか誰かを傷つけるような行為は絶対に容認しないことで店の秩序を維持するのです。

店の主人がそういう態度であれば、客側も自然と相席している人たちに対して気を使うようになります。お互い様の精神が知らずと醸成されるのでしょう。

店の歴史を振り返れば、こうした自身のやり方が長続きの秘訣だったのではないか、と今になって思うそうです。

つまるところ、小規模なスナックやバーはカウンター内から店を仕切る人の人間力がそのまま経営力になる、ということなのかもしれません。

人はシニア世代になるにつれ、穏やかで気が長くなるか、頑固で短気になるか、二手に分かれてくるように思います。もし前者のように変わりつつあるのであれば、スナックやバーを開店し、地域の人たちが安心して羽根を伸ばせるささやかな宿り木を作るのは、とても魅力的な選択になるのではないでしょうか。

 

【こんなタイプにぴったり】

人が好き

包容力がある

いざという時には筋を通せる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

人間関係のバランスを取るのが苦手

気遣いができない

短気

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。