◀第20回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑮──野生の鳥獣に命をかけて挑む「猟師」

<データ>

職業名 猟師

業種 第一次産業

仕事内容 狩猟鳥獣(法律で捕獲が認められている鳥獣)を狩る

就業形態 個人事業、一部法人経営

想定年収 5万円~250万円(兼業収入は除く)

上限年齢 なし

必要資格 後述

必要技能 体力、忍耐力、狩猟および自然環境の知識、コミュニケーション力

 

<どんな内容>

今回は第一次産業の中でもワイルド・サイド最右翼である猟師の仕事を見ていきたいと思います。

猟師になるには狩猟の技術がなければなりませんが、習得したからといってすぐに猟師をやれるわけではありません。何段階もの手続きがあります。

まず、プロ・アマ問わず、狩猟をするには都道府県知事が発行する狩猟免許の取得が大前提です。狩猟免許は第一種銃猟免許(散弾銃、ライフル銃)、第二種銃猟免許(空気銃)、わな猟免許、網猟免許の4種類があり、取得した免許によって行える狩猟の種類が決まります。取得には、狩猟に関する知識、技能、さらに適性があるかを確かめる「狩猟免許試験」に合格する必要があり、受験するには試験の実施日に20歳以上(網猟、わな猟は18歳以上)であること、精神疾患や薬物中毒などの問題を抱えていないことなど、いくつか条件が設定されています。危険を伴う仕事なので自ずと要件が厳しくなっているのです。

試験内容は筆記、適性、実技の3つです。筆記試験では狩猟法や銃器の取り扱い、野生動物に関する知識などが問われます。適性試験では視力と聴力、運動能力が測られます。狩猟用具を扱うだけの身体能力があるかを確認するのが目的です。技能試験では猟具の取り扱いの技能はもちろん、狩猟してもよい種類かどうかを見分けられるかを問う「鳥獣判別」、第一種と第二種では道具を用いずに目だけで対象との距離を測れるかどうかを確かめる「目測」などがあります。採点は、できないことがあるたびに点を引かれる減点法で、実技では細かい動作までチェックされます。これも自他を危険から守るための処置なのでしょう。

合格率は70%から80%ほどなので、さほどハードルが高いわけではなさそうです。ここで不合格になるなら猟師には向いていない、ということなのかもしれませんね。

さて、免許を無事取得できたら、次は狩猟者登録を行う必要があります。これは猟場とするエリアがある都道府県ごとの登録が必要で、なおかつ毎年更新しなければなりません。たとえば、青森県と大分県で猟をしたいと考えているなら、両方の県で登録しないといけないわけです。また、申請ごとに5500円から16,500円程度の狩猟税を納入する必要があります(金額は2024年現在)。さらに、3,000万円以上の損害賠償保険/共済に加入するか、同等の賠償能力を証明する必要もあります。

また、猟銃や空気銃を所持する場合は居住する都道府県の公安委員会に申請して許可を得る必要がありますが、許可がおりる前には警察による調査が行われます。この際、自身への面接は言わずもがな、家族や職場のみならず近所にまで普段の挙動について聞き込みが入ります。つまり、自宅で銃を持っていることが半ば公になるのです。危険物を持つ以上、こうした手続きは避けられないのですね。

登録後は自治体が実施する講習会への参加が義務付けられています。これらをすべて果たして、はじめて法的な条件が整います。

しかし、これで即猟師になれるわけがありません。狩猟技術の習得はもちろん、猟場にする地域の特性理解が不可欠です。そのためには地域の猟友会に加入し、先輩ハンターについて勉強するのが常道です。いきなり一人で山に入り、我流で猟をやったところで成果は上がらないどころか、自分や他人の命を危険にさらすことになります。さらに猟場を荒らせばどんなことになるか……。免許を取り、狩猟道具を整え、師を得た時点が猟師としてのゼロ地点のようです。

この時点で、道具取得などを含め、初期費用として少なくとも30万円程度が必要です。

 

猟だけで生計を立てるのは難しいが……

次に、仕事として現金収入を得る方法にはどのようなものがあるでしょうか。

猟だけで収入を得るなら、有害鳥獣の駆除がほぼ唯一の手段です。有害鳥獣の駆除は自治体から請け負うのが一般的ですが、個人から請けることもできます。自治体の依頼は猟友会経由、あるいは認定鳥獣捕獲等事業者として登録していることが条件です。

報酬や条件などは各地で違いがあり一概にはいえないのですが、駆除後の始末や事務手続きなど猟以外の手間も多く、そのわりには報酬が安いので、これだけで生計を立てるのはなかなか難しいようです。

では、獲った鳥獣を利用する手段はないのでしょうか。まず思いつくのは、ジビエとして、あるいは加工して売るという方法ですが、店を開いたり、飲食店などに卸したりするのであれば最低限食肉処理業の営業許可を取らなければなりません。加工するなら食肉製品製造業をはじめ食品関係の営業許可が必要です。自分でレストランやカフェを運営して売るならば、飲食業に関する許認可も必要です。日本の食の安全は、こうした何重もの制限に守られているのです。

法人で働きたいなら、観光客向け狩猟体験のワークショップなどを開催しているツーリズム会社に入る、あるいは起業するという手があります。また、周辺の山について熟知している利点を活かし、森林法に基づく環境調査を請け負うコンサルタント業を営むケースもあります。

どのような形で働くにせよ、猟は時に危険を伴います。そのために法律や条例で厳しく規制されているため、法令遵守の精神が求められます。また、自然への畏敬の念がなければいずれは自身を危険にさらすことになりかねません。しかし、山野を駆け巡り、野生の鳥獣に命をかけた真剣勝負を挑む、そんな生活に憧れを抱く向きにはたまらなく魅力的な職業といえるでしょう。

 

<リアルな事情>

猟師。多くの方にとって、あまり馴染みのない仕事ではないでしょうか。

2024年現在、狩猟免許を持っているのは約21万人、しかし実際に狩猟を行うのはその三分の二程度で、さらにその中にはスポーツハンティングをする人も含まれるので、専業の狩人となるとぐっと少なくなります。

今回、狩猟業界の実情を聞かせてもらったのも兼業ハンターでした。なお、諸般の事情により性別年齢狩猟地域、その他のくわしい情報は伏せ、お名前も仮にAさんといたします。ご了承ください。

さて、Aさんにはまずそもそも50歳以上で猟師を始めるなんてことが現実的なのかどうかを聞きました。

すると、Aさんは「ちっとも遅くない、むしろ大歓迎」とおっしゃいました。

背景には、狩猟免許を持つ人口が平成以降どんどん減っている現実があります。狩猟人口が右肩下がりで、特に若者の新規参入者が激減しているため、狩猟界も御多分に漏れず高齢化しているのです。そのため、50代なんてルーキーのうち、60代でもひよっこ扱いなので、参入するにしてもまったく遅くないとのことでした。

ただし、すべての50代がウェルカムなわけではありません。

猟師になるには、体力だけでなく精神的な強さや忍耐力などが求められますが、それ以上に必要なのはコミュニケーション能力ということでした。一人前になるには師と仲間を得ることが不可欠だからです。

狩猟でも、スポーツハンティングの範囲で楽しむのであれば単独行動も可能かもしれません(ただし初心者がいきなり知らない猟場に入るのはほぼ自殺行為とのこと)。しかし、仕事として成り立たせる前提であれば、地元猟友会に加入しない限りなかなか難しい。これが、猟師にコミュ力が求められる所以だとAさんは言います。

猟友会は基本、昭和的徒弟制度が残存する体育会系の階層社会だそうです。

猟をするには猟場を熟知する必要があります。そのためには先達に教えを乞い、一から体で覚えなければいけません。また、大型獣の捕獲はチームプレイになります。罠猟であってもこの点は変わりません。なぜなら獲った獲物を処理するために他人の手を借りなければならないからです。

猟師の世界には「見切り三年、勢子六年」という言葉があるのだとか。見切りとはどのあたりに獲物がいるのかを判断すること、勢子(せこ)とは獲物を追い立てて射ち手のいる場所に追い込む役割のことだそうですが、これらを経てはじめて一人前になるわけですから、10年ぐらいは先輩たちにもまれながら下積み生活を送るわけです。

Aさんは、クレー射撃などで腕に自信がある都会の人間が猟をやりたいと猟友会に入ってきたものの、泥くさい世界に我慢できず去っていく姿を何度も見てきたそうです。

コミュ力の問題は無事クリアし、猟師として一人前になったとしても、稼ぐにはまだまだ壁があります。

一つは利益率の低さです。猟の世界も近年の円安の影響を受け、諸経費がかさむようになっています。その一方で収入は上がりません。自治体の報奨金はそうそう引き上げられるものではありません。

食肉として販売する手段を確保したとしても、ジビエの消費はまだまだ限定的です。また、畜産と違って常に同一品質を担保できるわけではないので、獲物の状態によって値段は激しく上下します。

このようになかなか一筋縄ではいかない仕事ではありますが、それでも猟は楽しいとAさんは言います。

人間は誰一人として他の命を奪わずに生きられる者はいません。たとえヴィーガンになったとしても生物の一種である植物を糧にするのだから、結局は同じことです。

近代日本はニホンオオカミを絶滅させてしまうなど、山の生態系を大きく崩してしまいました。それが山の環境荒廃という結果になり、山が荒れたことで海の貧困化も進んでいると言います。

山の環境を取り戻すには、かつて肉食獣たちが担っていた役割を人間が果たす責任があります。そういう意味において、猟師は人が生態系の一員に戻れる数少ない手段の一つなのかもしれません。そして、この職業のやりがいは、こんなところにもあるのかもしれません。

 

【こんなタイプにぴったり】

動物愛護や自然保護の本当の意味を探求したい

多少のことでは動じない胆力がある

己の力を試すことに喜びを感じる

 

【こんなタイプはやめておいた方が……】

体力がない

集団での決まりを守れない

お金儲けが目的

 

 

門賀美央子(もんが・みおこ)

1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。