2024.11.01
◀第21回▶“お仕事”あれこれリサーチ その⑯──現代社会の中で「旅人」として生きる暮らし方〈前編〉
<データ>
職業名 旅人
業種 第一次産業から第四次産業まで
仕事内容 旅の中で暮らす
就業形態 業務委託、パート、アルバイト
想定年収 ~300万円
上限年齢 なし
必要資格 なし
必要技能 ケース・バイ・ケース
<どんな内容>
職業が「旅人」? ふざけているの? と思われたかもしれません。
でも、大真面目です。
人生百年時代といわれるようになった今日この頃ですが、平均寿命の伸びは鈍化傾向にあるといいます。また、健康寿命との乖離も思うように埋まらない現実があるようです。50歳から先の人生を考えた時、自由にのびのびと好きなことをやれる期間は、思っているよりもずいぶんと短いのかもしれません。
ですので、今回と次回は少し趣向を変え、現実に可能かどうかは度外視した理想の生き方……より正確を期するならば「死ぬ時に後悔しなさそうな生き方」を可能にする仕事について考えてみたいと思います。
さて、少しばかり自分語りをすることをお許しください。
私が子どもの頃、世界名作劇場というテレビアニメのシリーズがありました。
タイトル通り、海外の名作児童文学をアニメ化した番組で、私が育った地域では毎週日曜日の夜7時半から放送していたと記憶しています。
私は、この番組が大好きでした。欠かさず視ていました。
もっとも古い番組の記憶は「アルプスの少女ハイジ」です。資料を確認すると放送年は1974年となっていたので、私はまだ3歳になるやならずやだったはずです。それでも、描かれたアルムの山の風景やフランクフルトの街並みは心に深く刻みこまれました。
それから中学生ぐらいまでほぼ習慣のように後続シリーズを視聴する中、とりわけ好きだったのが「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」「ペリーヌ物語」「南の島のフローネ」でした。最終回後、今でいうところの番組ロスに陥ったほどハマったのです。ですが、いったい何にそこまで魅了されたのでしょうか。
各ストーリーを振り返ってみると、ひとつ共通する要素が浮かび上がってきます。
それは“旅”です。
主人公たちはみな旅をしていました。
「母をたずねて三千里」と「ペリーヌ物語」の前半は完全なる旅物語ですし、「南の島のフローネ」はフローネ一家が無人島でサバイバルするという、ある意味究極の旅生活が描かれます。また、ハイジも幼いながら山と大都市を往還します。唯一の例外は赤毛のアンですが、物語はアンが孤児院から引き取られてプリンスエドワード島のアヴォンリー村で新たな人生を迎えるところから始まりますし、後半には進学のために地方の中心都市で下宿生活するようにもなります。
つまり、私が大好きだった主人公たちはみんな人生の一時期を旅に生きているのです。
もちろん最終的には安住の地を見つけて幸せになるわけですが、私はそこに至るまで、様々な土地で新しい光景、出来事、人々と出会い、刺激を受けながら成長していく彼らの姿に強いあこがれとうらやましさを感じていました。
そして、それは今も減ずることがありません。文字通り“三つ子の魂”なのでしょう。未だ旅の中で暮らしていきたいと願ってしまうのです。
しかし、五十路を超えた今は、本当に旅に生きればどんな困難が待ち受けているのか想像できる程度には世間を知っています。
稼ぎを求めて各地を巡る生活
「ノマドランド」という映画をご存じでしょうか。2020年に公開され、その年度の映画賞を次々獲得したことで話題になったので見た方も多いのではないかと思います。
この作品は米国のジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(原題:Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century)を原作としています。
ブルーダーは、リーマンショック後、グレート・リセッションと呼ばれた2000年代終盤から2010年代初頭にかけての経済衰退期に一部の高齢者が家を失い、車上生活者となって日雇労働をする貧困層に陥った現実を、当事者に密着してルポしました。本の中には、Amazonに代表されるグローバル企業が労働力を使い捨てにして莫大な利益を上げている現状が詳細に描かれています。
新自由主義が極まった果ての世界がどんなものであるか。それはもう言うまでもなく一部の強者が弱者をいいだけ食いものにする世界であり、映画にもそうした部分はしっかりと描かれています(企業が労働者に提供する「福利厚生」が、無料で飲み放題のアスピリンというのですから……)。
しかし、それでも主人公女性のノマド生活は詩情豊かに表現されています。また、ラスト近く、不安定な生活を変える機会があるにもかかわらず、彼女は躊躇するのです(どんな選択をするかは見てのお楽しみ)。
稼ぎを求めて各地を巡る生活は決して万人向けではありません。
しかし、私たち日本人のずっと遠い祖先は何世代にもわたって旅を続け、ようやくこの東の島国にたどり着きました。
だから、私は旅する民の末裔なのだ、と自認しています。
そんなわけで、今回と次回は現代社会において旅人として生きる方法を探っていきたいと思っています。
その1 デジタルノマド
社会のIT化が進んだことで、デジタルノマド(digital nomad)なる新しい働き方が提唱されるようになりました。
ノマドとは、遡ればギリシャ語に起源を持つ英単語で遊牧民――家畜を連れて広大な大地を移動しながら生活をする人々を指す言葉です。
そんな彼らのように、インターネット環境とIT機器を武器に場所を選ばずに働く人たちのことをデジタルノマドと呼びます。
とはいえ、その多くは単にカフェやコワーキングスペースなど、場所をあちらこちら移動して仕事をしているだけです。コロナ禍の真っ只中に、新しい働き方としてワーケーション(仕事:Workと休暇:Vacationを組み合わせた造語)、つまりリゾート地や観光地などで仕事をしながら同時に休暇も楽しむ働き方が提唱されましたが、これなどはまさにデジタルノマドの典型例でしょう。
しかし、たまの休暇ではなく、数ヶ月あるいは数年のタームで旅をしながら働いている人はごくわずかです。
では、本格的に旅するデジタルノマドたちはどんな仕事をしているのでしょうか。
もっとも目立つのは第13回で取り上げたYouTuberをはじめとするデジタル・コンテンツの提供者です。
彼らは旅の見聞をそのままコンテンツとして様々なプラットフォームにアップし、視聴者を得て再生回数を稼ぐことで収入源にしています。当然ながら人気が出なければ一銭にもなりませんが、そこはあの手この手で特徴を出しながら登録者数を獲得しています。
もっとも人気が高いデジタルノマド系YouTuberだと、デジタルノマドのライフスタイルを指南するハウツー動画をアップし、何万ものいいねを獲得する人気コンテンツになっています。
また、VANLIFEと呼ばれる車上生活をコンテンツ化しているデジタルノマドもいます。
こちらは同じ車上生活であっても、ノマドランドで描かれるような貧窮生活ではありません。
ライトバンや小型バス(時には観光バスレベルの大型車も!)の車内を、普通の生活をするのになんら困らないレベルにまで改造し、車中泊をしながら暮らしています。キャンピングカーのようにキッチンやトイレはもちろん、快適なベッドルームにダイニング、シャワー室まであったりするのです!
彼らは自らの生活自体をコンテンツ化しつつも、概ねフリーランスのプログラマーやWEBデザイナーなどデジタル系技術者をやっています。また、オンライン上での語学講師やITコンサルティング業を営む方たちもいます。主な収入はそちらから得る方が多いようです。
こうして考えると、何らかのリモートワークが可能なスキルによって、ある程度補完する収入を得られるのであれば、年金などのベーシックインカムが保証されている年齢層の方がデジタルノマドになりやすいのかもしれません。
今はまだ無理でも、将来デジタルノマドを目指してリスキリングに励むのもよいのではないでしょうか。
(次回に続く)
門賀美央子(もんが・みおこ)
1971年、大阪府生まれ。文筆家。著書に『文豪の死に様』『死に方がわからない』など多数。
誠文堂新光社 よみもの.com で「もっと文豪の死に様」、双葉社 COLORFULで「老い方がわからない」を連載中。好きなものは旅と猫と酒。